迷参謀アルマジロの日々是修行日記
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「再認識すべきこと」
  過日の大震災が再認識させてくれてことはたくさんあるけれど、これだけは言っておきたいことがある。

  それは、前世紀から我々が享受してきた資本主義経済や利便性などといったものは、非常に脆弱な基盤の上に成り立っているという事実に対して再認識せよ、ということである。

  たとえば、「電気」は資本主義における経済活動の駆動力となり、人々の快適な暮らしのためには欠くことができないものである。しかも、「電気」は「クリーン・エネルギー」などと賞賛され、その需要は経済成長に伴って増加の一途を辿った。たしかに、石油などの化石燃料を直接燃やすよりは「クリーン」には違いないが、あくまでも相対的なものである。電源のひとつである原子力発電所の危険を考えるとき、「クリーン」とだけ言って持て囃されることか妥当なのかどうか。「クリーン」ではあるが、とても危険なものではないのか。

  また、昔々「オイル・ショック」などという事件があった頃には、節電をするために街のイルミネーションを消したり、深夜放送を自粛したりしていたにも拘わらず、今回のようなことが起きるまで、街のイルミネーションも深夜放送もやりたい放題であった。経済界も政治家も国民も、「環境問題」などという資本主義経済を阻害しかねない問題解決には真剣に取り組むことをせず、電気等のエネルギーを浪費することを美徳としているようでもあった。あたかも「経済成長の証」であるがように・・・各国の思惑が絡むことから「環境問題」対策が遅れるのは仕方がないとしても、今回、原発施設に想定の2倍以上の高さの津波を受けた可能性があるという事実に関して、想定を狂わした原因の一端はひょっとして地球温暖化による水面上昇や亜熱帯地域への気候シフトなのではあるまいか(そうでないとすれば、何ともお粗末な想定値(Assumption)である!?)。

  他方では、経済成長優先の施策の中で、いわゆる「福祉」という問題が取り残されてきた。国民年金の杜撰な歴史的取扱いに始まり、高齢者の医療費問題、医師の苛酷労働や医師・看護師の量的不足の問題、障害者等に優しい社会インフラの整備など、様々な問題が取り残されている。震災後2週間経って、災害地の医療従事者の疲弊等にこの辺の問題も反映しているのではあるまいか。

  事ほど左様に、ひとたび事が起きると、のんびりと無関心を装っていた国民も、エネルギーの有効な利用の仕方なり、福祉はこうあってほしいという姿なりを再認識することになる。 問題は、過去の経験から言って、この再認識された状態がいつまで続くかであろう。兎に角、何かと人間はすぐに忘れてしまう。都合の悪いことなら尚更である。

  この期に及んで、某球団代表達のように商業主義を全面に押し出した主張に終始するような輩まで登場する始末なのだから、原発事故の経緯などによることなく、この国の前途は相変わらず「雨マーク」である。いつも述べることではあるが、国の進むべき道、すなわち、国のビジョンを一日も早く作り、合意し、実行に移さない限り、現在の状況は変わることはない。しかも、経済成長は一端諦めて、国民の生活とか福祉とかを真面目に、そして体系的に(パッチワークではなく・・・)考えて、早々に実行しなければならない。でなければ、この国の行く末は間違いなく悲観的なものとなる。

  そのように考える、アルマジロである。

  P.S.

  いつになったら「ビジョン」レベルの議論が見られる選挙をするようになるのでしょうか。 政治家も情けないけれど、政治家を選ぶ国民にも問題はあるよね。この国の将来を背負って立つ若者諸君及び優秀な女性諸君、是非頑張って下さいませ! 30歳を過ぎたオジサン達には任せておけないし!
by hayakawa-houmu | 2011-03-29 04:40 | 日々雑感
「社会人2年生からの質問」
  もうすぐ大会社の社会人2年生となる友人(!?)から質問の電話。

  先日の大震災を契機に、社内の「リスク管理体制」を見直せとのお達しが出て、新社会人2年生もアイデアをひとつ上司に提出しなければならないのだとか。

  ところで、「リスク管理体制」の「リスク管理」とはなんぞや・・・一流大学で開講しているある講座の中でもたしかにこの単語は出てきた・・・あの講座、たしか成績も良かったはず・・・だけど、ほとんど覚えていない・・・とのこと。 アルマジロにとっては、そんなことはよくある話で・・・なんていうことは、どうでもよいのだが・・・

  「リスク管理」をわかりかすく説明するにはいろいろな説明の仕方があるとは思うけど・・・

  (1) まず、「リスク管理」とは、「リスク」(危険、危機)を管理(マネージ)すること、だよね。そして、「管理する」ということは、まあ、この場合は「野放しにしておかない」「対処しておく」という程度の意味だと思う。

  それでもって、この考え方の前提は、

  (2) 人間や企業は、様々な目的を持って行動し続ける存在であること(企業活動を一切しなければ休眠会社としてリスクはないというのは別論ということ。もっとも、10年もすれば、会社登記抹消のリスクはある。)
  (3) 「行動」するに際しては、確率の大小を問わず、リスクは必ず存在するということ(だから、必ず損しませんという投機はまやかしものなんだよね)。
  (4) また、ある行動によって一定の成果(たとえば、+10)を得ようとすれば、それと同等の危険(たとえば、ー10)が存在すること(だから、ー5の損失までしか耐えられない人や企業が+10の成果を求めていると博打的な行動になってしまう。 あるいは、「身の程知らず」って奴かな。)。
  (5) 「リスク」は、その「行動」をとらないという方法以外では決してゼロにはならない。しかし、上手に対処することによって、そのリスクの大きさ(マグニチュード)を減らすこと、つまり、「管理」することはできる。

  ・・・ということなのだけど、具体的に何をやるかを端的に挙げれば、

  (1) 身の回りに、どのような大きさの、どのようなリスクが存在しているのかを洗い出し、大きい順に並べてみて、
  (2) 上から順に、リスクを減じるための対処方法とそのコスト(費用)を考え、可能な限りそれを実践し、
  (3) 身の回りに存在するリスクの総量を減らして適切に管理すること、つまり、野放しにしないこと。
  (4) また、何かにチャレンジをするときには、そのリスクを適切に把握し、有効に対処し、それでも身の程知らずのリスク量になってしまうものには手を出さないこと、等々。

  ・・・と、そんなことを話していたら、「なんだ、そんなこと、野球とかバレーボールやる時には普通やってるじゃん!」の声。 「ふつう」とか言われてもねー、と思いながらも、そう、たとえば、野村元監督お得意のピッチャーの配球や一球毎の守備位置の変化などなど、あるいは、バレーボールにおけるレシーブの陣形、ラグビーにおける守備陣形等々、みーんな「リスク管理」という考え方でたしかに成り立っているよね。

  ま、細かいことを言えばきりがないけれど、こんな概略でとりあえず今回はご理解頂いたようです!

  実際に「リスク管理」の計画を立てて、実行に移すにはかなりのエネルギーを要します。何故なら、作業に手間が掛かり従業員全員の理解を要するというだけでなく、将来必ず起こるとも限らない事象に対しての努力であり(ある確率では必ず起こるのですが・・・)、もしそういうことが将来起きた時には損失を減らすことが出来ると頭では理解できても、目の前のキャッシュは増えるどころか、管理費用として減っていくわけですから。

  とはいえ、関係各位の生命・身体・財産を守るためには、必ずやらなければいけないことなのです!

  そうそう、お米や水等の買い占めは止めましょうね。それを「リスク管理」と呼ぶこともできそうですが、本来あるべき理性的管理ではなく、単なる感情的あるいは反射的行動である場合が多そうですから・・・(汗)

  P.S.

  ところで、試験に落ちるリスクを避けるために試験を受けないというのは「リスク管理」の手段たりうるでしょうか。たしかに、試験に落ちて生じる嫌な気持ちを回避するためにはそれもよいでしょう。しかし、それは、その試験が何事にも影響を及ぼさない試験である場合に限られますよね。たとえば、卒業のため、とか、入学のためとかに必要な試験の場合の適切な「リスク管理」の手段は、おそらく、合格する程度に一生懸命勉強するということだと思います。試験を回避するという選択肢は通常ありませんからね(笑)
by hayakawa-houmu | 2011-03-28 06:05 | 予防・戦略法務のこと
「腐った蜜柑の論理」
  「腐った蜜柑の論理」って、ご存じですか?

  そうです、箱の中の蜜柑のうち一つでも腐った蜜柑があると、箱の中の全部の蜜柑が腐ってしまうので、その腐った一つの蜜柑は早めに取り除くべきだという意味です。 この論理は、「3年B組 金八先生」の第2シリーズの中で、1人の不良中学生をある学校から排除しなければならない理由として引用されていました。

  アルマジロにとって「3年B組 金八先生」の第1・2シリーズに登場する世界は、自身が中学生時代に横浜下町の中学校で直面していた問題を象徴していて、希少価値的ではあるけれでも「良い教師」の存在であるとか、「心」とか「思いやり」で解決していく様などを、非常に身近に感じていたことを今でもよく覚えています。

  元々、親や社会に反抗的であったアルマジロは、歳をとってもいわゆる「大人」は大嫌いです。何故嫌いかといえば、とにかく「大人」は調子がいい・・・「大人」は、「腐った蜜柑の論理」のような、自分達に都合のよい論理を押し付ける・・・「大人」は自分以外の人は体を張って守ろうとしない・・・まだまだあるかもしれません。もちろん、そういうアルマジロだって、そんな「大人」の世界に汚染されて、中学生の当時と較べれば「大人」に近くなっているとは思います。ただ、子供の頃に思っていたことと社会に出てから見てきたこととが、妙に一致していると今でも感じるのは、非常に不思議です。

  そうそう、「調子がよい大人」の発言の一例は、「そんなこと、どうでもいいじゃないですか」という発言です。これって、かなり他人を馬鹿にした発言だと思います。まず、「そんなこと」、そして、「どうでもいい」!? このような発言をする人間は昔から軽蔑してるのですが、最近もある30歳台の男性から同種の発言を耳にしました。どのようなつもりで言ったのかはよくわかりませんが、とても残念なことです。

  この世の中は様々な個性、色々な考え方や経験を持った人達の集まりなのですから、年齢や性別に拘わらず、もっと周りの人々の話を良く聴いて、議論して、より良い社会を楽しく築き上げていくことはできないものでしょうか。

  そういうアルマジロも、いわゆる「大人」に対する偏見をまず止めないといけないですね!
by hayakawa-houmu | 2011-03-25 06:23 | 日々雑感
「ラグビー高校日本代表」
  たまには、ちょっと明るいニュースを!
  
  ラグビー高校日本代表は、現在、スコットランド・ウエールズ遠征中。

  3月11日に大震災があったことから、チームの目標は、格上のチームが相手だとしても、勝って日本の人々に勇気を与えること、今日本が大変な状況の中、遠征をして試合をできていることに感謝して、自分たちができることを精いっぱいやり遂げることだそうです。そして、戦績的には、もちろん4戦全勝が目標!

  精神的プレッシャーがきつい、そんな環境の中で、現地時間で20日、高校日本代表は強豪スコットランドU18を20-13で破りました。なんと、スコットランドU18に対する14年ぶりの勝利! これで、今のところ2戦2勝です。

  今年の高校日本代表のメンバーは、2019年に日本で開催されるワールドカップの時には主力選手となることが期待されている世代でもあります。 これから大学・社会人と修行を重ねていくわけですが、ワールドカップで「ベスト8」を実現するスコッドの一員となることを是非目指して欲しいと思います。

  ガンバレ、日本!
by hayakawa-houmu | 2011-03-23 05:43 | 趣味のこと
「調停って?(9)」
  「調停」についてのお話も今回が最終回・・・といっても、アルマジロが現時点で考えていることについての「まとめ」として・・・

  「裁判」における「裁判官」の仕事でも同じことがいえると思うのだけど、「調停」における「調停人」にとって最も大切なことは、1)良識をもっていること、そして、2)一般人としての考えに立っていることだと考えています。 ここで「良識」とは、「調停人」に必要とされる専門的知見を有していることや、健全なバランス感覚や判断力等のこと、また、「一般人としての考え」とは、「調停人」だからといって「一般人」とは異なった特別の考えが必要なのではなく、一般の誰もと同じ目線に立って考えるということです。

  たしかに、「裁判」にしても「調停」にしても、技術的なことも大切だとは思います。しかし、その「技術」は、上記の「良識」や「一般人としての考え」の上に成り立つもの、あるいは、これらを前提とするものでなければなりません。したがって、たとえば、「良識」や「一般人としての考え」の欠如を「技術」で補おうとするのであれば、それは本末転倒も甚だしいと言わねばなりません。

  裁判官の考え方がかつて、「技術」に走りすぎているのではないかとの痛烈な批判を広く社会で受けていました。裁判官の中にも、同じように感じられていた方達がいらっしゃいました。現在の裁判にもその批判が当てはまるか否かはさておき、司法改革の一産物の「民間調停」が国民に受け入れられるためには、良識に溢れ一般人の目線に立って考えることができる「調停機関」及び「調停人」の存在は、最低限必要なのだと思います。

  そして、対話促進型調停においても、「良識」や「一般人の考え」という基盤の下に、いわゆる「全人格」をもって紛争解決のお手伝いが出来るのだと考えています(「全人格」とか「人間力」という言葉はあまり使いたくないのですが、「技術」に対する「人間性」の問題として捉えて頂ければ幸いです。)。決して、言い換え技法等の「技術」が優れていれば紛争が解決できる、というわけではないのです。

  最後に、自分自身への戒めとして一言・・・「理論や理屈、技術のみに走るな、人間を磨け!」

  決して、精神論に走っているわけでもありませぬが・・・どのような世界でも、理論や技術のみですべてを解決させたがる人は少なくないですからね! どのような職業においても、それらだけで成功しえないことは、歴史を振り返ってみれば明らかにも拘わらず・・・(寂)

  ちょっち大袈裟かも知れませんけど・・・(笑)
by hayakawa-houmu | 2011-03-22 05:53 | 予防・戦略法務のこと
「運命の一捻り」
  「ある日突然、彼は彼でなくなってしまった。」

  脳梗塞で倒れた彼を、先日見舞ってきた。

  右半身に痺れが出ていると聞いていたので、それなりの覚悟をして病室に入った。

  そこに彼の姿はなく、彼の次男坊がアルマジロを迎えてくれた。 彼はリハビリに行っていて、もうすぐ戻るとのこと。そこで、次男坊に彼の様子を訊きjながら、暫く待つことにした。

  ひとしきりすると、彼は奥様に付き添われて、いわゆる歩行器を押しながら、ゆっくりと戻ってきた。すると、彼は独力でベッドに腰を掛け、スニーカーを脱いで、ベッドの上にあぐらをかいた。そして、いつものように話だした。少しも「寡黙」ではない。 握手を求められて彼の手を握ると、握り返してくるではないか。握力はあるのだ。 彼に言わせれば、握っているという感覚はないのだそうだ。

  倒れる前は強気な男であったが、語る言葉はやけに弱気である。弱気な言葉は彼には似合わない。 しばらく話した後、彼も疲れて横になるというので、「これは神様から与えられた休養なのだ。今まで働き過ぎたのだから、当然のこと。決して焦ることなく、ゆっくり、そして、じっくり治すこと!」と言い含めて、病室を後にした。

  それにしても・・・である。
 
  彼の病状からすれば、間違いなく軽度の脳梗塞である。またもや運が良かったということか。それとも奇跡というべきか。交通事故で第一頸椎骨折・多発性脳内出血という大怪我を負いながらも一命を取り留め、今では元気に院内学級に通っているという友人の長男「イグちゃん」の奇跡に続く、もう一つの奇跡である。

  アルマジロにとっては、どちらの「奇跡」も嬉しいこと、この上ない。 これもそれも、いわゆる運命の一捻り、"Simple Twist of Fate" という奴なのであろうか。

  そんなことはどうでもよいのだ。 二人共、「新しい自分」として、兎に角、頑張れ!
by hayakawa-houmu | 2011-03-19 06:17 | 日々雑感
「東北地方太平洋沖地震(2)」
  今回のような悲劇が訪れた時、「あの時、こうしておけばよかった」「こうすべきだった」「あれはとても残念に思った」等々、皆が感じたこと、考えたこと、思ったことなどを書き留めておくことをお奨め致します。 何故なら、人間の特技、というか、良いところでもあり悪いところでもあるのは、「忘れることができる」ところにあるからです。

  震災からほぼ1週間が経ちました。この間、特に中小企業の経営者の方々に記しておいてほしいことは、まず、様々な情報の取扱いに関連して、情報の出所は必ず1ヶ所にしないと相当な混乱を来すということです(以前にも同様の内容で指摘させて頂いたと思います)。このことは、原子力発電所のトラブルに関する政府と東京電力(現在は一本化されましたが・・・)、電力需給や計画停電に関する政府と東京電力及び鉄道各社の関係等に見て取れました。

  次に記しておくべきことは、今回のような災害が生じた際に皆の行動の指針となる危機管理プランの内容には、最悪のシナリオをも反映させる必要があるということです。 今となって細かいことを言うつもりもありませんが、原子力発電所を有する、あるいは、その周囲の地方公共団体では住民が速やかに避難する手段及び避難先施設の確実な確保等をプランに盛り込み、その協力体制を実際に構築しておくべきだと思います。この点、今回の被害地のある公共団体では、災害時における具体的な相互援助計画を他の公共団体との間で有しており、有効に活用されたようです。

  一般企業においても、災害等に関する危機管理プランや企業活動継続プラン(BCP)を作り、社員やお得意先などの関係各者に周知徹底し、訓練等を通して本番で活用することができるようにしておくことが肝要です。しかしながら、このようなプランを持たない企業も多いのが現状です。また、持っていたとしても活用がほぼ不可能な内容であったり、あまりにいい加減な内容のプランであることも少なくありません。「上司から作れと言われたから、取り敢えず作ればいいや」的なケースが多いのが実情なのです。

  だからこそ、今回のような現実の災害の記憶が新しい内に、以上に挙げた点等を今一度点検して頂きたいのです。 企業内だけでなく、皆さんの家庭においても是非考えてみて下さい。

  大切なものを守るためには、必ずや必要なプロセスだと思います!
by hayakawa-houmu | 2011-03-17 21:18 | 日々雑感
「東北地方太平洋沖地震(1)」
  過日の大地震によるすべての被災地の皆さま、慎んでお見舞い申し上げます。

  正直に言って、今回の地震による被害については、触れる言葉さえございません。 自然の脅威に対し感嘆するばかりです。 被災地の方々の生活が一日も早く落ち着くこと、そして、一日も早い被災地の復興を祈るのみです。

  毎日の報道を見聞きするに付け思うことは、現在の「科学」レベルに対する慢心です。以前から申し上げている通り、現在の科学理論のレベルは物事の本質を理解するところには到達していなことは明らかです。そのような状態にあっては、たとえば被害の想定を相当程度大きめに置いて対策等を考える必要があるのです。

  また、破壊的資本主義に対し盲目的に追随することの危険、すなわち、「効率」至上主義が一般の国民の経済のみならず日常生活に及ぼしている影響に対しても思いを馳せる必要があることを忘れてはなりません。現在の原子力発電を中心とした電源計画や津波に対するインフラ整備計画などがよい例です。

  さらに、国と地方の行政のあり方、特にその連携について考え直すべきだと思われます。実体をどのように把握するのか、優先順位をどのように付けるのか、いかなる情報を国民と共有すべきなのか等々、行政の危機管理の手腕が問われているのです。

  そして、中小企業の経営者の方々には、災害というリスクのマネージメントの必要性を痛感されたことでしょう。アルマジロが関わらせて頂いている企業の経営者の方々には、災害を含めた様々なリスクに対する準備を既にされ、あるいは、現在進められていらっしゃる方もおりました。紙の上の出来事が現実化したことで社員の臨場感が増し、より一層真剣に取り組んで頂くことを期待します。

  何れに致しましても、起きてしまった地震という事実を事実として受け止め、今後の準備につなげていくことが肝要かと思います。その意味において・・・

  頑張れ、日本!
by hayakawa-houmu | 2011-03-13 11:10 | 日々雑感
「寡黙なる巨人」
  ある日突然、彼は彼でなくなってしまった。

  今まで何千何万と積み重ねてきた積み木を積み続けることが、生きながらにして困難になってしまいそうな情勢。 その意味で、彼は彼でなくなってしまったのだ。

  そう、アルマジロの友人のひとりが、突然、脳梗塞の発作に襲われたのである。 先月末に倒れたのだという。 正確に言えば、予兆はあったのだと思う。 予兆と考えられる内容の発言が、確かにあった・・・
  
  それを聞いたアルマジロの同居人は、一冊の本を読むことを薦めた。 その本とは、「寡黙なる巨人」(多田富雄著)。 同じく脳梗塞で倒れた筆者の体験記といってよいかもしれない。なかなかの名著である。
  
  この本を読み進めていくと、暗く重い、なんともやるせない気持ちになっていく・・・だが、発作以前の自分とは異なる、もうひとりに自分と共生することへの希望・・・とても複雑な心境である。 仮に言葉を失ってしまったとき、本人の気持ちを少しでも理解しようと対話を試みる近しい者の努力は、もちろん必要であろう。 と同時に、介護や精神的苦痛など近しい者の重荷に、周囲の者が想いを巡らせることも肝要であろう。

  この本を通して、脳梗塞に襲われ言葉を失った筆者の気持ちや感じ方を知ることは、近しい者にとってその重荷を少しでも減ずるために有意義であると思われる。また、本人も、本が読める状態であったなら、幾ばくかの励みや希望をこの本から得られるかもしれない。

  そう考えて、お見舞いにはこの本を持参して行くことにしたアルマジロである。
by hayakawa-houmu | 2011-03-10 15:00 | 日々雑感
「調停って?(8)」
  さて、そろそろ「調停」制度のキモ(胆)のお話!
  
  まず、対話促進型「調停」ではケンカしているお二人(紛争当事者)の問題を話合いで丸く収めようというのですから、当事者間で中立の立場の調停人にはそれなりのスキルが必要なことは想像に難くないですよね。漫画に登場するようなメディエイターなら国家間の紛争の仲立などして、なかなかクールな仕事のようにも思えます。そこで、「調停」スキル向上のためにロールプレーに没頭したり、専門的知見と呼ばれる法律などの知識を身に付けたりするわけです。ここまでで言えば、スキル向上や専門的知見の習得などをバランスよく目指すことが必要です。

  もっとも、制度としての調停を支えるために、特に日本においては、当該制度が国民に認知されることが必要です。何故なら、どんなに素晴らしい調停人を揃えたとしても、「調停」という制度が国民に知られていなければ利用する人も限られ、「宝の持ち腐れ」となってしまうからです。この点、司法制度改革以降、少しづつではありますが、状況が改善しているようにも統計からは思えます。しかしながら、今後の改善の余地はまだまだ大きいと思います。

  さらに、制度としての調停を支える重要な役割は、いわゆる「ケース・マネージャー」、あるいは、手続管理と呼ばれる仕事です。これは、ある方から相談があったときに、調停の仕組みを説明したり、申込みを受け付けたり、紛争の相手方に連絡をとったりなど、調停の一連のプロセスを管理するものです。そして、この中で最も重要となる仕事が、紛争の相手方に調停の席についてもらうことを促すことです。紛争の相手方が調停の席に着かない以上は「調停」は絶対に成立しませんからね。「調停の席についてもらえば、ほぼ半分は合意に達したも同じ」といわれる程に、この仕事は重要かつチャレンジングなものです。先日も、日本ADR協会の実務情報交換会及びシンポジウムに参加してみましたが、さまざまなADR機関の共通する悩みがここにあることは明らかでした。

  このように考えてみると、アルマジロ的には、現段階における調停の花形は手続きを管理する「ケース・マネージャー」ではないかとさえ思います。野球に喩えれば、知恵・注意力・決断力などを駆使するキャッチャーでしょうか。調停人の「女房役」といったところですね。アルマジロの少年野球時代は内野手でしたが、今は「調停」におけるキャッチャーに大きな興味を持っています。

  P.S.

  少年野球では、今も昔もピッチャーという目立つポジションをやりたがる子が多いようです。野球のキャッチャーは地味なポジションとお思いの方も多いと思いますが、特にコントロールの良いピッチャーのときのキャッチャーの仕事は実に面白く、試合を組み立てるという意味において、決して地味なポジションではないと思います!
by hayakawa-houmu | 2011-03-09 05:43 | 予防・戦略法務のこと


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