迷参謀アルマジロの日々是修行日記
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「助言を受け容れる覚悟」
  何か困った時、家族や友人、専門家などから助言を受けるということはよくある。しかし、この助言を受け容れるにはそれなりの覚悟が必要であるように思う。

  どんな覚悟が必要なのかといえば、まずは、助言の内容が必ずしも問題解決に100%適した内容でないであろうという覚悟である。これは、助言を受ける相手方との関係性と助言する立場にある者の能力に依存する。つまり、助言を受ける者の置かれた状況をすべて提供し、その状況も以て的確に判断することができる能力を持った者が助言するとするならば、問題解決に100%適した内容の助言を得ることができるであろう。しかしながら、現実においては、どのような相手であれ伝えたくない情報は少なからずあるのだから、そのようなときには相手の助言の精度を割り引いて考えなければならない。その時の心の琴線に如何に触れたとしても、このことには注意せねばならないだろう。

  もうひとつは、誰から、どのような助言を頂戴したとしても、その助言をどのように利用し扱うかは助言を受けた本人の責任の下に決定しなければならぬ。その助言と心中するもよし、別の相手に助言を求めるもよし、無視してしまうもよし。とはいうものの・・・それは、自己決定が可能な場合の話。たとえば認知症のお年寄りの場合など、自分で決めることさえ無理な場合もあるがその場合は別論であろう(この場合の意思決定は誰がどのようにするのか、すべきなのか、議論のあるところである。)。

  このような覚悟がある程度出来ているならば、気楽に助言を受けてみることも大切である。「傍目八目」(おかめはちもく、以前の当ブログ記事参照)ということもあるではないか。 独りで悩んでいるだけでは解決に時間が掛かるし、何より精神を病んでしまう故!
by hayakawa-houmu | 2010-11-29 05:51 | 日々雑感
「煙草・たばこ・タバコ」
  アルマジロも人並みにタバコをお休みすることにしてみました。

  一日二箱以上は吸っていたのですが、10月のある日から突然お休みしてみることにしました。

  何故か、もう吸わなくてもよいように感じたのです。だから、パッチ等の薬に頼る必要もないだろうと思いました。

  しかも、「禁煙」とか偉そうに宣言してしまうのもストレスが溜まりそうなので、いつでも休み明け可能の「休煙」ということにしてみました。したがって、いつでも再開できるよう、今でもタバコ・ライターのセットは仕事机の上に置いてあります(正確にいうと・・・灰皿だけは邪魔なので、3日目に仕舞いました)。

  さてさて、そんな「休煙」状態が約ひと月半続いています。その間に行ったことや感じたことはといえば・・・

  まず、どんな時にタバコを吸いたくなるのか、客観的に観察してみました。すると、アルマジロの場合には「手持ち無沙汰」になった瞬間が唯一の吸いたくなる時だったのです。これは、自分としては結構以外です。食後とか朝起きた時などなどと想像していたのですが・・・ なるほど、たまには自分自身を客観的に分析してみることも大切ですよね。

  次に、喫茶店などでは「禁煙席」に座るようになりました。喫煙していた時には、必死になってタバコを吸える場所や「喫煙席」を探していたものですが、その煩わしさが無くなりました。そして、いつも見ていた「喫煙席」からの景色に替えて、「禁煙席」からの景色を眺めることに。これは、結構発見があって面白いですね。物事を違った角度から客観的に見ることの重要性を教えてくれているようです。

  今のところそんなところなのですが、何十年も続けた習慣の恐ろしさ(?)も一度だけ感じました。 夢の中の自分が、夢の中でタバコを2本吸ったことにがっかりしている、という夢をみました。2重の夢の中でまでタバコに追い掛けられるとは・・・目が覚め、その状況を理解した後、思わず苦笑いしてしまったアルマジロでした!
by hayakawa-houmu | 2010-11-26 05:46 | 日々雑感
「ディジタル・リマスター」
  最近、ビートルズのいわゆる「赤版」「青版」なる、言ってみればふたつの2枚組ベストアルバムの「ディジタル・リマスター」版が発売された。ビートルズの単独のアルバムは昨年すべて「ディジタル・リマスター」されたことに続いてということなのだろう。逞しき商魂というべきか・・・

  この「ディジタル・リマスター」、良いのか悪いのか、さしてオーディオに詳しくないアルマジロにとっては、一長一短と言う以外にはよくわからない。古いアルバムが「ディジタル・リマスター」されることはもう10年以上も前から珍しいことでもなく、ライブ・アルバムなど、当初のアルバムには収録されていなかった曲が「ディジタル・リマスター」を機に加えられる恩恵は受けたものだが・・・(一番の感動ものは、The Allman Brothers Band, "At Filmore East" ということになる。このアルバムの「ディジタル・リマスター」を機に、"Drunken Hearted Boy"というブルース曲のスライド・ギターによるライブ名演が収録されたのであった!)

  それはともかくとして、最近比較的古い曲を聴いてみたりして、新鮮な驚きに遭遇することがたまにある。一例を挙げれば、 「矢野顕子」「ごはんができたよ」である。おそらく1980年代前半の曲であったのだろうが、非常に個性的な旋律と歌詞、そしてピアノ演奏の中に、彼女の曲の音楽性の高さと人間的な温もりが感じられるように思うのである。言ってみれば、彼女は「天才」というカテゴリーの人なのかも知れない。昔はそんなこと少しも感じることはなかったのだから、不思議といえば不思議なのだけれど。

  「ごはんができたよ」に興味がある方は、このYouTubeサイトをご参照あれ! これは「はじめてのやのあきこ」というアルバムに収録されているYUKIと共演しているバージョンのようです。

  P.S.

  アルマジロ的には、この歌の詩に登場する「甘ったれのようちゃん」と「はなったれのけいちゃん」の二人が、実在の「ようちゃん」「けいちゃん」とあまりにピタリと重なり合ってしまい、微笑みを隠し得ません。そして、そんな誰にも「よるがくる」というくだりが彼女達のここ数年の置かれた状況に妙にマッチするのだけれども、偶然とはいえ面白い一致だと思います。
by hayakawa-houmu | 2010-11-24 05:48 | 趣味のこと
「1票の格差」
  先日、最大5倍の「一票の格差」が生じた今年7月の参院選(選挙区)は憲法が定める平等原則に違反するとして選挙の無効を求めた2件の訴訟の判決が、東京高裁で相次いで言い渡された。東京選挙区を対象にした午後の判決は「十数年にわたり投票価値が不平等な状態が積み重なり、国会の裁量権の限界を超えて違憲だ」と判断した(但し、選挙の無効請求は棄却)。

  問題とされた選挙当日の各都道府県選挙区の有権者数を、それぞれの定数で割って議員1人当たりの有権者数を比べると、約24万人で最小の鳥取と約121万人で最大の神奈川では約5倍の「一票の格差」が、また、東京との格差も4.37倍あったというのである。

  この一票の格差について最高裁判所の考え方は、「憲法は選挙制度の決定を国会の裁量権に委ねており、人口の変動で投票価値に著しい不平等が長く続いているのに是正しないことが裁量権の限界を超える場合に違憲とされるとしてきた。結果的に、参院選に関していえば、「6倍未満」の格差を容認する判断が定着しているともいえる。

  たしかに、 憲法上国民ひとりひとりは平等であるとはいえ、こと選挙においては技術上(たとえば、人口移動等)、すべての選挙において投票価値を等しくすることは不可能である。しかし、我々平等に扱われるべき国民の立場からすれば、たとえば、「3倍ならよいけれど、6倍は許せない」といった裁判所の意見的な考え方は容認できまい。選挙技術上文字通りの平等が不可能だとしても、技術的に可能な限り平等に近づけて欲しいのが民意なのではあるまいか。

  さらに言えば、技術的に可能な限り平等に近づけるには時間が掛かるとしても、国会や行政の努力により、選挙毎にその目標に概ね近づいているというのであれば、まだ国民も納得できよう。しかし、実体がそうでないことは、過去20年にわたる裁判の歴史が物語っているように思う。

  アルマジロ的には、「技術的に可能な限り」の平等とは誰が判断あるいは証明するのかが明確でないこと(これを裁判所に求めることはその能力からいって甚だ疑問である!)や、選挙自体を違憲と判断しても選挙自体を無効としない裁判所の姿勢(一度目の違憲には情状酌量の余地を認めるとしても・・・)等が、一票の格差がいつまで経っても是正されない原因なのではないだろうか。

  一言で言ってしまえば、このような裁判を繰り返すことは、国民の平等を必要以上に損なうだけでなく、多大な時間と金の国家的損失であることも見落としてはならないのだろう。
by hayakawa-houmu | 2010-11-22 05:47 | 日々雑感
「控訴を勧めたい!?」
  先日の裁判員裁判で初めて死刑が言い渡された裁判における裁判官の説諭にあった言葉である。

  端的にいえば、「控訴」とは裁判所の判決に不服がある場合に上級の裁判所(今回の裁判では高等裁判所)に再度訴えることをいう。日本では三審制が採られているので、判決に不満がある限り、たとえば、地裁ー>高裁ー>最高裁と裁判は続いていくわけである。(もっとも、どのような事実があったかの認定は通常、地裁・高裁で行われ、最高裁では法律の解釈等のみが行われることになる。)

  さてさて、上述したように、「控訴」は訴訟の当事者、すなわち、原告と被告の何れか、あるいは、双方が裁判所の下した判決の内容に不服がある場合にするわけだから、裁判所が「控訴を勧める」というのは些か奇妙に聞こえる。そのような発言をした真意は裁判官本人のみが知るところではあるが、素直に解釈するならば、「当裁判所の判断には自信が持てないので、上級の裁判所でもう1回審理してもらうことをお奨めします」と聞こえてしまうのだが、如何なものだろうか。あるいは、死刑判決となったことによる裁判員の精神的な重荷を少しでも軽減するための発言なのだろうか。今のところ、アルマジロには理解不能である・・・

  何れにしても、「死刑」という刑を存続させるか否かは、真剣に議論されるべき問題だ。しかも、どのような刑罰を科すべきかという刑罰論だけでなく、被害者や被害者家族の心情をも汲み取った議論が為されるべきだと思う。「死刑」を廃止すべきか否かということだけでなく、「無期懲役」といいながらも一定の割合が10年かそこらで娑婆に戻って再犯に至っている現状も踏まえて、全体的な見直しが必要なのだと思う。
by hayakawa-houmu | 2010-11-19 05:44 | 日々雑感
「人の噂も75日!?」
  皆さんがよくご存じの、大阪地検特捜部の主任検事が証拠隠滅の罪で逮捕された事件。捜査の進捗を報じる記事を最近見ないと思いませんか? 証拠のフロッピーディスクの内容を検察のストーリーと矛盾しないように書き換えたという悪質なものであって、しかも、組織犯罪であった可能性まである事件だったにも拘わらず・・・

  おそらく、その原因は尖閣諸島に於ける中国籍漁船衝突時の映像流出事件など、その他の報道によりかき消されてしまったのだろう。マスコミが国家機関と連んで意図的に情報操作をしている蓋然性は決して否定できませんが、そのような事実は無かったと信じたいですよね。もっとも、仮に無かったとしても、いわゆる「人の噂も75日」的に重要な事実を忘却の彼方へと押しやってしまうことは、国民として避けなければならないことは言うまでもありません。

  ところで、上記映像流出事件が騒がれている最中に、検察に関わるひとつの重要な事件が新聞の片隅に報道されていたことにお気付きだったでしょうか。それは、検事が被疑者である少年を取調べ中に威嚇し、そのような取調べは違法であるだけでなく、損害賠償まで認められたという最高裁の判決があったというものでした。

  この事件では、取り調べの際、検事が「お前もくずや、腐っている」「誰がお前らのことなんて信じるんや」「とことんやったるからな」などと発言し、足で机の天板の裏側をけり上げていたと認定。 こうした言動について、「説得や追及の域を超えて、容疑者の尊厳を傷つけ、威嚇や報復の意味合いを感じさせる」と述べ、「社会通念上相当と認められる範囲を超えている」と批判し、男性に対して慰謝料など22万円を支払うよう国に命じた高裁判決に対する上告を最高裁が退け同判決が確定したというものです。

  このような取り調べ手法が決して珍しくないことは、関係者のみならず一般の人々の知るところでありますが、「公益を代表する」はずの検察の手法としては大いに情けない限りでですよね。この「公益」とは国民の利益という意であるはずですが、検察の考える「公益」とはもはや国民の思うところの利益なのではなく、検察組織の独りよがりの目標達成(たとえば、起訴有罪率100%)による利益にすり替えられているようにすら感じるアルマジロです。
by hayakawa-houmu | 2010-11-17 05:41 | 日々雑感
「ノウハウ本」
  本屋に立ち寄ると常に驚かされるのが、本棚に並ぶ「ノウハウ本」の多さだ。

  先日も友人から、「ある事柄に関するノウハウ本を買いたいのだが数が多すぎて、どれを選んだらよいのかよくわからん!」ということでアドバイスを求められた。

  カラーだとか、図解が多いとか、内容がわかりやすい本がよいとはよく言われるところであるが、如何に内容がわかりやすくても必要十分な内容が正しく記されているものでなければならないことも当然である。しかしながら、そのような観点からいろいろな本を眺めていると、なかなかよい「ノウハウ本」に出会えないことも事実である。

  アルマジロの経験からひとつだけ言わせて頂ければ、こと法律関係の「ノウハウ本」(たとえば、遺言、相続、会社設立等)では「元公証人」の肩書を持つ著者の本が最も信頼を置くことができ、かつ、それなりにわかりやすい内容であるということで、推薦させて頂くことが多い。

  余談になるが、「ノウハウ本」を読むときには容易にその内容を信じてしまわないように警戒する必要があるようだ。もう数ヶ月前のことになるが、いわゆる「反対尋問」が簡単にできるようになるといった内容の本を、面白がって読んでみた。何故面白がったかというと、たとえばアメリカの裁判における「反対尋問」は彼の地の弁護人の腕の見せ所なのだが、これを実際にやってみると非常に、というより異常に難しいのである。アルマジロが模擬刑事裁判に参加した時の某高等検事長も裁判後のコメントの中でその事実を言及しておられた。その異常に難しい「反対尋問」を如何に簡単にできるようになれるのか・・・説明はある程度論理的ではあるが、あくまで机上の空論の域を出ないように感じた(これを実戦で使うとすれば、かなりの勇気と経験が必要であろう)。いわゆる「情報リテラシー」がこんなところでも必要になる。

  世の中にはどんなに努力してもある程度に達するのが精一杯で、「才能」なくしては極めることは困難だと感じるものが、少なくともいくつかはある。「反対尋問」も、そのひとつであると思う。
by hayakawa-houmu | 2010-11-13 09:41 | 日々雑感
「宗教って!?」
  アルマジロでもたまには考えることがある。

  「日本人は無宗教」などと言われるが、「宗教」って一体全体何なのだろう。

  広辞苑を紐解いてみても、わかったようなわからないような・・・「神聖なものに関する信仰」とある。アルマジロ的には(これもよく言われることだが・・・)、宗教とはいわゆる「哲学」なのだろうと理解している。つまり、経験などから築き挙げた人生観や世界観であり、また、それら全体を貫く基本的な考え方であるということだ。

  それはそうと、アルマジロの仏教との出会いは、母の実家のお寺の住職の話に痛く感動したことに始まったように思う。あれは、まだ20台前半の頃だったと思うのだが、そのお寺が真言宗であったことから真言宗やその宗祖空海、更には他の宗派との違いに興味を持ち、いろいろな本を読んだものだ。

  もっとも、様々な本を読んだからといって、仏教の専門家やオタクになったわけではない。詳しいこと、正確なことは未だによくわからん。しかし、そこでひとつ学んだ、非常に興味深いことは、「現世」を肯定するのはどうも真言宗だけだということだ。そのことは、生きていながらにして仏になるという「即身成仏」の教えに顕れている。ノー天気なアルマジロとしては、この世は辛いこともたくさんあるにせよ、一生懸命生きるに価する良いところと考えるから、「現世」は肯定されなければ困る。

  たしかに、「即身成仏」するためにはとても厳しい修行を積まなければならないし、それ故、誰もが生きたまま仏になることは到底できない。他方、たとえば、浄土真宗のように「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば誰でも極楽浄土に行けるとし、さらには良い人でさえ極楽浄土に行けるのだから悪い人が行けないはずはないという教えは、生きるための哲学としての宗教としてはとても魅力的である。しかしながら、現在のアルマジロの心境としては(加齢と伴に心変わりするかもしれないが・・・)、やはり「現世」は否定されてしまっては困るのだ。

  話は変わるが、仏教関連の書物を読んでいて思うことは、たとえば、あるお経の内容が論理的であるばかりでなく、何千年も昔にインドから中国経由で日本に入ってきたものにも拘らず、決して古いとは思えないことだ。つまり、人間の考えとか悩みが普遍的であるように思えることが、非常に興味深い。

  さらには、たとえば親鸞聖人に纏わる「歎異抄」などを読んでいると、現代における庶民とお寺との関わりが商業化の波にさらされていることに唖然とする。つまり、教義と所作が矛盾しているということである。仕方のないことなのかもしれないが、どこか寂しく感じるのはアルマジロだけであろうか。
by hayakawa-houmu | 2010-11-12 05:47 | 日々雑感
「ウクレレーその後(4)」
  季節もようやく秋から冬へと移り変わりつつある今日この頃・・・

  読書の秋・食欲の秋・音楽の秋・スポーツの秋といきたいところですが、何故かどれをとっても中途半端・・・アルマジロのウクレレ修行も停滞気味であることは否定できませぬ。

  ・・・などとぼやきつつも、最近はJake Shimabukuroの「Touch」「 Ichigo Ichie」を練習しながら、気分が向けば桑田佳祐の「風の詩を聴かせて」を同時並行的に弾く毎日(!?)です。曲調からすれば秋から冬といった感じで、しっとりというところでしょうか。

  が、しかーし・・・あとひと月もしないうちに、スクールのクリスマス・パーティーとのお知らせ。 「メレカレキマカ2010」 (ハワイ語でメリー・クリスマスの意らしい・・・)と題された大がかりのパーティーが東京は恵比寿ガーデンで行われるそうなのです。先日の発表会もかなり楽しかったので、時間の許す限り今回も参加の予定のアルマジロ。

  このパーティーに参加ということになると、生徒としてはクラスの出し物にも登場することになります。アルマジロ的にはクマの着ぐるみでも着て登場すればお似合いなのでしょうが・・・今回は我がクラス70-80名の生徒のウクレレ合奏。もちろん、歌もありです。曲目は、 「恋のバカンス」「Haole Hula」 。初級から上級までと幅広い奏者の演奏ですから、コードだけ弾いている人、主旋律も弾いている人、歌も歌っている人等々、様々なスタイルでの参加が許されており、相当に楽しそうです!

  ウクレレだけでも複数のクラスが各々出演するようですが(噂によると、すべてのクラス合同でも1曲やるみたい!?)、その他にフラ・クラスの出演やハワイアン・キルトのワークショップ、プロのハワイアン・バンドの演奏等、いろいろと出し物があるようです。

  アルマジロにとっては初めてのことなのであまり無責任なことも申せませんが、ご興味のある方は是非この催しに参加してみて下さい。(因みに、12月5日で、有料です! 詳細は、アルマジロまで。)

  P.S.

  前回の発表会の折にも生徒以外の方々が大勢参加されていましたが、皆さん、楽しまれていたご様子でしたので、敢えてご紹介した次第です。
by hayakawa-houmu | 2010-11-10 05:45 | 趣味のこと
「民事法のこと」
  最近当ブログに法律に関することを書かないとお小言を頂戴いたしました!

  当事務所で受ける相談には守秘義務がありまして、当該事例の詳細をこのブログでご紹介することはできませぬ。他方、概略だけとすると、どうしても一般論になってしまい皆さまのお役にたてませぬ。そこで、今回は、民事法の理解に関してアルマジロがもっとも残念に感じていることを「日々雑感」として記しておきたいと思います。

  それは何かと申しますと、たとえば個人間の約束事(契約ともいいます)と法律の内容が主客転倒しがちだということです。以前にも当ブログに書きましたが、民事法の世界の設計では、対等な「事理弁識能力を持つ人」(だから、未成年などの制限行為能力者は除かれます)が自由に法律行為をしてよいことになっています。これを講学上「私的自治の原則」と呼び、「契約自由の原則」などの諸原則と関連して民事法の世界を形作っています。(「法律行為」とは、端的にいえば、法律で決められている効果が生じさせるための行為のことです。)

  そして、上記原則の世界には例外があります。それは、たとえば「信義誠実の原則」、つまり、他人の信頼を裏切ったらだめですよ、「公序良俗」(公共の秩序、善良な風俗・・・例えば人身売買や賭博等)に反してはだめですよ、権利があるからといって「濫用」してはだめですよということなのです。

  あるいは、別の例外として、構造的に当事者が対等な立場に立たない場合にも修正が加えられます。たとえば、当事者間の力や情報量に大きな格差がある場合(これを「非対称性」といいます。)には、強者の横暴を防ぎ弱者を保護するという観点から、原則「自由」の世界を修正されているということです。この修正は、一般法である「民法」の特別法として定められる場合が多く見受けられます。たとえば、雇用者と被用者の関係を調整する「労働基準法」や消費者と事業者の関係を調整する「消費者契約法」などがそうですよね。

  これらを誤解覚悟で一言で言ってしまうと・・・上記例外等を除けば、「世の中原則自由ですよ。自分達のことは自分達で決めて下さい。なお、当事者の取り決めが不十分だったときには、法律をご参照下さい」ということなのです。

  にも拘らず、「契約の内容は法律の通りであるから正しい」とか、「契約の内容が法律と異なるのでその約束は守らなくてよいはずだ」とか、主客転倒した発言をよく耳にします。残念なことに、ロー・スクールの学生や自称法律家の輩からも「民法にこう書いてあるから、契約書の内容もそうしなければならない」なんていう発言が聞かれる始末。(もちろん、民法の内容は、一般的な状況においてはある程度理に適っているとは言えるでしょう。但し、当事者の置かれた状況は常に「一般的」ということではありませんし、また制定当時はともかく、現代社会において必ずしも理に適っているとは限りません。近い将来実現するであろう債権法の大改正などの必要性が叫ばれている理由のひとつはここにあります。)

  しつこいようですが、上記例外に当たらない限り、たとえば、契約の内容を決める主人公は、法律ではなく、当事者の「あなた」なのです。その当事者意識が薄いことが契約書の内容も読まずに判を押してしまう大きな原因のひとつだと考えられます。「契約の内容を決める主人公はあなたですよ」いうことを肝に命じて頂きたいというのが、アルマジロの切なる願いです!
by hayakawa-houmu | 2010-11-08 05:44 | 予防・戦略法務のこと



法務参謀アルマジロ日記
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