迷参謀アルマジロの日々是修行日記
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「傍目八目」
  「傍目八目」(おかめはちもく)

  他人の囲碁を傍で見ていると、実際に対局している時よりよく手がよめること。転じて、第三者には、物事の是非、利・不利が当事者以上にわかること。(広辞苑)

  およそ1年程前、ある知り合いの社長と話をしていたら、リーテール(小売)の専門家をスカウトしたいが心当たりはないかとのこと。よくよく話を聴いていると、会社の規模を一回り大きくするために小売部門のてこ入れをしたいとのことであった。この会社、法律上の規模でいえば大会社なのであるが、業態を変えずに更なる飛躍を実現したいというところなのであろう。

  小売担当取締役候補として心当たりがないではないが、小売のノウハウや理論には当然限界があり、むしろその会社で力を発揮できる個性の持ち主を仲間とすることの方が余程大切に思えて、「傍目八目ということもありますから、小売の門外漢を人物本位で採用してみたら如何でしょう」と答えておいた。

  その後、最近になって社長と別件で話していたところ、突然、「アルマジロ君、たしかに傍目八目は重要だ。おかげで、会社の将来を背負える程の器量の人物を雇うことができたよ。しかも女性だよ! ありがとう。」

  「しかも女性だよ!」ということは二重の意味で傍目八目・・・つまり、小売の門外漢であって、しかも男性でなく女性ということだ。アルマジロもその方に会わせて頂いたが、社長の惚れ込み様になるほどと納得。

  言わずもがなであろうが、「傍目八目」にいう「第三者の目」とは非常に大切なものである。先日、TV番組を観ていたところ、とある芸術家曰く、作品中の数ある要素のうち何を残すか、あるいは、切り捨てるかについて悩んだ時の最後の拠り所は、やはり、「第三者の目」なのだそうだ。思わず、こくりと肯いてしまったアルマジロでした。
by hayakawa-houmu | 2010-08-30 05:36 | 日々雑感
「和風スパゲティ」
  今からウン十年前、アルマジロが大学生の頃、 「和風スパゲティ」なるものが一世を風靡しておった。

  スパゲティといえば、「ミートソース」か「ナポリタン」しか一般的でなかった時代、そして、粉末状の「ルーミック・ミートソース・ミックス」が家庭で重宝されていた時代に、突如(!?)として現れた「和風スパゲティ」。その中心は「壁の穴」という渋谷にあるお店であった・・・ように思う。

  この「和風スパゲティ」を食しにアルマジロがその後10年以上、飽きるほど通ったお店がある。世田谷は経堂にある「M」というお店。この店は基本的に飲み屋、軒先では奥さんが焼き鳥を屋台で焼いていた。なのに何故「和風スパゲティ」なのか・・・ここのオヤジの麻雀友達に「壁の穴」チェーンのシェフがいたそうで、そのシェフからレシピを聞き出したのだそうな。そんなこんなで「和風スパゲティ」を客に供するようになったという次第。明治大学ラグビー部の八幡山グラウンドが近いこともあり、ラグビー部の猛者達が夜な夜な通ってくる。そして、アルマジロも彼らと大食い大会やら、ラグビー談義に花を咲かせ、当然のように常連客の1人となった。

  印象に残るメニューといえば、「たらこスパゲティ」などの定番ものもさることながら、「味噌スパゲティ」。八丁味噌、豚肉、シメジ、セロリを使ったパスタである。これは夕飯向きであるが、暑い夏の朝食に打って付けの「ツナおろし」とか「ナメコ」なんていうシンプルで手軽なものもあった。

  この店のオヤジはやたらオープンな人でレシピは教えてくれるわ、「こういうスパゲティが食べたい」と言えば、メニュー外の一品も特別に作ってくれたものだ。もちろん、我が家でもこのレシピを参考にいろいろと楽しませて頂いたことは言うまでもない。

  このお店に行かなくなってから、早や十年以上が経ったと思う。因みに、行かなくなった理由は車の止め場所がなくなったからだ(路駐していたらご近所に通報されパトカーが出動。切符は切られなかったのだが・・・)。今頃あのオヤジはどうしているのだろうか。近いうちに是非一度行ってみるとしよう!

  P.S.

  超簡単レシピを知りたい方は、お気軽にご一報下さい。( 「ととろのブログ」でも紹介しています!)
  呆れる程簡単な割には結構イケるし、忙しい折には活躍しますよー!
by hayakawa-houmu | 2010-08-27 05:29 | 趣味のこと
「恥はかき捨て!」
  「旅の恥はかき捨て」などと言いますが、「恥」なんて本来、どんな場面でも「かき捨て」でよいのではないでしょうか。(もっとも、「旅」の場合の「かき捨て」こそ、外国で日本人の印象を悪くするから問題だとも・・・)

  「人前で恥はかきたくない」なんてフレーズをよく耳にしますよね。たしかに、アルマジロも昔はそのように思って口に出していました。けれども、振り返ってみれば、年齢を重ねる毎に、場数が増える毎に、そんな気持ちを口に出すことはなくなってしまったように思います。むしろ、自分自身があるべきとする姿とのギャップに、常に心の中だけで悩むようになったように思えるのです。

  経験則から極論を言わせてもらえば、「恥をかきたくない」なんて言っている人に限って他人の目ばかりを気にしているだけで、「恥をかかない」ための準備をおろそかにしているように思えます(あるいは、自信満々なのか!?)。

  恥をかきたくなければ、通常、それなりの準備をしなければなりませんよね。その準備とは、「恥をかかない」と思えるレベルまで知識やスキルなどを向上させることに他なりません。このレベルこそが「自分自身があるべきとする姿」とも言えるでしょう。そこから先は「あるべき姿」と現実の自分との格闘になるわけです。

  そして、そんな格闘を自分なりにしたのなら、たとえ失敗して恥をかいたとしても、そんな恥はかき捨てでよいのだと思います。何故なら、その努力によって「あるべき姿」には到達せず恥をかいたのだとしても、その目標に何歩か間違いなく近づいているはずだからです。しかも、他人の目から見たら、その進歩は結構理解され評価されているものです。結局、「恥をかいた」なんて悩んでいるのは自分だけ、ということになってしまうことが多いのです。

  そのように考えてみると、「恥はかきすて」と気楽に考えて、「恥をかきたくない」という気持ちを心の奥底にしまいこみ、自分を進歩・進化させる道具として用いる方が、精神衛生上も自己啓発上も良いように思えます。

  「恥をかきたくないから無難にまとめてごまかしちゃえ!」などという「悪魔の囁き」に従うとすれば、それは最悪でしょう。「あるべき姿」は現在の自分のチャレンジングな目標であるべきだし、そこに進歩の源があるのですから。そもそも、「悪魔の囁き」に従う方がが恥をかく可能性大とも言えそうです。また、「悪魔の囁き」に従ってしまう人に限って、他人のお世辞を鵜呑みにして、本当は自分が恥をかいていることに気が付いていないことが多いものです。

  チャレンジしてはそれでも恥をかいたと思い、その恥を再びかきたくないから努力して再チャレンジしてみる。そして、かいたと思った「恥」はすべてかき捨てと割り切る。そんなことを繰り返しているうちに「あるべき」と思った姿に到達しているものです。もっとも、その頃には次の目標が鮮明に現れていることとは思いますが・・・


  P.S.

  「あるべき姿」を考えるとき、身近な存在を参考にして真似してみるのもよいアプローチかもしれません。アルマジロも、「OOさんのようになりたい!」なんて思いながらチャレンジしてきた気がします。
by hayakawa-houmu | 2010-08-25 06:34 | 日々雑感
「ウクレレな週末」
  この週末は珍しく仕事関係の予定がなかったので、「ウクレレな週末」というスペシャルな時間を過ごすことができました。

  土曜日は、日本でも特に女性に人気のある「ジェイク・シマブクロ」のコンサート。席は10列目やや左側ということで、ジェイクの指使いもそこそこ見える位置。アルマジロとしては、音楽性はともかくとしても、テクニックを見せびらかすようなあのオーバーアクションはあまり好きになれなかったのですが、コンサート会場で観て聴いてみて、その理由がなんとなく理解できました。今回のコンサートは彼1人でウクレレを弾いたのですが、オーバーアクション気味にテクニックを披露したり、体全体でリズムをとらないと、観客もノレないですよね!

  今回のツアーでは会場毎に共演者を募集したのですが(YouTubeで提出)、この日の会場のために選ばれたのは10歳の男の子。1曲だけのバッキングだったのですが、その相当な腕前に感動しました! やはり、音楽やスポーツといったものは早く始めたが勝ちです。世間のお父さん・お母さん、是非お子さんが小さいうちにいろいろとやらせる機会を与えてあげて下さい。「ウチの子は飽きっぽいから」なんて言っていてはダメです。その子にに本当に向いているものなんて一生掛けてもみつかるかどうかわからないのですから、ほとんどのものに飽きっぽくて当然です!

  そして、日曜日は「ハワイアン・ウクレレ・ワークショップ」に参加してきました。参加者約30名で、みなさん、結構お上手。中には、来月からウクレレ教室を大阪で開くという方も。「ウクレレは右手が難しい」「ハワイアンの弾き方は右手がポイント」ということで、右手の練習をしてきました。三連符は親指ー>人差し指ー>人差し指でダウン・ダウン・アップとか、そのバリエーションとか、もういろいろ。日頃の(?)練習の成果でこれをゆっくりやることはできるとしても、高速でやるのはまだまだ無理。こんなテクはギターでも使わないし、ウクレレ・ハワイアン特有の技なのです・・ということで、ハワイらしく大らかな気持ちで精進することにしましょう。

  以上、「ウクレレな週末」のご報告まで!


  P.S.

  フラダンスのバックで演奏する時のコツは、ダンサーのお尻を観ながら、ではなくて(失礼!)、見ながら演奏することなのだそうです。ダンサーのお尻は8の字を描くのだそうですが、ヒップ・アップするタイミングで演奏がアクセントを置かないと非常に踊り難いのだそうです。この点、日本人の演奏は下手とよく言われるそうです!
by hayakawa-houmu | 2010-08-23 05:51 | 趣味のこと
「真剣に楽しむ」
  夏の高校野球もクライマックスを迎えようとしているが、高校野球に限らずスポーツ観戦をしていて、最近気付くことがある。それは、試合を楽しんでいる選手や監督の出現である。少なくともアルマジロの眼には、そのように映る。

  昔であれば、スポーツの試合は真剣勝負さながら。試合中に笑顔でも見せれば非難を浴びていた。ところがどうだろう。最近では試合中に笑顔や微笑みを見せることは珍しくもない。試合後のインタビューなどでも、「今日は負けましたが、楽しめました」とのコメントも聞かれるところである。高校ラグビーで今年の正月に全国制覇した東福岡高校の試合などを観ていても、苦境を克服することさえ楽しんでいるようにも見受けられた。

  アルマジロはこのような変化を肯定的に捉える。たしかに、「根性」や「己に克つ」に代表される精神論は、とても日本人的であって武道にも通じ、どことなく清々しさを感じることすらある。しかし、特に海外から渡来したスポーツにおいては、こと勝ち負けに拘る限り、精神論だけでは太刀打ちできないことも事実であろう。

  近年、様々なスポーツの世界では科学的分析が広まり、流行の戦術も立ちどころに丸裸にされてしまう。そんな趨勢にあって、更なる戦術の進歩を図るとと同時に、スポーツ本来の「ゲームを真剣に楽しむ」という姿勢が、特に日本人にとっては必要なのではあるまいか。身体能力・技術・戦術、そして、それらを身に付ける過程はすべて、ゲームを楽しむために必要であると考えるのだ。

  精神論で選手自身をそれこそ精神的に束縛し、日頃の練習時におけるパフォーマンスが試合で発揮できなくなるようでは何のための練習かわからなくなってしまう。本番で日頃の力を十分に発揮できるような工夫、マインド・トレーニングやイメージ・トレーニングが一般的になりつつある由縁である。スポーツは本来楽しむためのものであって、修行ではないのだ。

  仕事にも同様のことが言えると思う。


  P.S.

  実はアルマジロ、精神論も結構好きなんです(笑)

  ただ、たとえば「己に克つ」といった精神論を具体的・論理的に説明しようとしてもうまくできないのです。説明の中に精神論がまた入ってきてしまうとでもいうのでしょうか。そんなこともあって、「己に克つ」ためには具体的に何をすべきなのかがわからなくなってしまうのです。その結果、この言葉の呪縛から解放されず身動きがとれなくなってしまうことが多いように感じます。これも修行が足りないと言われればそれまでなのですが・・・

  
by hayakawa-houmu | 2010-08-20 05:36 | 日々雑感
「カタカナ語」
  アルマジロは20年以上も某外資系石油会社に勤務していた。しかも、その半分以上の期間はOO企画部等の本社スタッフ部門。そんな経歴の持ち主の悪しき習性、それはやたらと「カタカナ語」を使うことだ。つまり、日本語の会話の中に英単語がかなり混じるのである。

  因みに、今でもつい口から出そうになるのは、「そのインプリケーション(implication)は・・・」。「その示唆するところは・・・」ほどの意。そして、新入社員の頃に学んだ「カタカナ語」で思い出深い単語といえば、「インバランス」 (imbalance)。日本語でいうところの「アンバランス」の意。「アンバランス」は英語では誤りなのだそうな。

  この「カタカナ語」、他の外資系会社や総合商社などにお勤めの方々との意思疎通においてかなり豪快に混じってもほとんど問題はない。しかし、一般の日本法人の方々と話すときにはかなり問題がある。そこで、我が社の社内においても、特に営業などで顧客と話をするときには正統な日本語で話さねばならぬと指導を受けることになる。

  ましてや、現在のアルマジロは法務・経営コンサル事務所代表である。したがって、努めて正統な日本語で、しかも専門用語を極力避けて、顧客が十分に理解できるような言葉遣いに努力している・・・つもりであった。

  が、しかーし・・・先日、ひさびさにやってしまった・・・
  「サジェスチョン(suggestion)があります!」と会議で思わず言ってしまったのだ・・・
  他のお二方は、お口をポカン!?
  慌てて、「提案があります!」と言い換えて事なきを得たが・・・

  「三つ子の魂百まで」とはいうけれど、入社してからおよそ3年もすれば身に付いた習性はそう簡単には抜けるものではない。「刷り込み」というべきか・・・ そんな言い訳はともかく、アルマジロにはまだまだ修行が足りないということのようであります!
by hayakawa-houmu | 2010-08-18 05:24 | 日々雑感
「当たり前」
  「当たり前」をぶち壊せ!

  最近、とある顧問先企業に導入した標語である。

  この標語の真意は、普段よくよく考えもせず、このようにするのが「当たり前」と思っていることが本当に「当たり前」、すなわち、当然そのようにすべきことであり妥当であるのか、問題意識を持って臨もうということにある。

  日頃仕事をしていると、「そんなの当たり前」とか「こんな当たり前のことが何故できない」といったフレーズをよく耳にする。もちろんアルマジロだって、無意識にそんなフレーズを使っていることが少なくない。しかし、よくよく考えてみると、「当たり前」だと思っていることが必ずしも「当たり前」でないことが多々あることに気付く。

  たしかに、正解がひとつしかないというのであれば、「当たり前」ということもなろう。しかし、世の中に正解がひとつしかないことなど滅多に無いといってもよい。たとえば、ある仕事の進め方が、ある人にとって「当たり前」の方法であるとしても、他の人にとって「当たり前」とは限らない。客観的に見れば、どちらのやり方も甲乙付けがたかったり、そのどちらよりも優れた方法なんていくらでもある場合が多いのだ。

  そうだとすれば、より良い方法で仕事をしようとか、より楽に仕事をしようとか、よりコストを下げたいとか、そんなことを考えるとき、「当たり前」「当たり前」とばかり言ってないで、たまには本当に「当たり前」なのか、何故「当たり前」なのかについて考えてみることも有意義である。

  すなわち、「問題意識」を持つこと、これこそが「当たり前」をぶち壊す第一歩である。
by hayakawa-houmu | 2010-08-16 05:49 | 日々雑感
「ウクレレーその後(3)」
  アルマジロのウクレレ修行の近況報告です。

  季節は夏だし・・・と思って、ボサノヴァに手を出し始めました。ところがこのボサノヴァ、相当難しいことを発見。リズムもさることながら、右手の使い方を習得するには時間が掛かりそうです・・・ということで、ボサノヴァは来年の夏用に修行を続けることにしました。もちろん、ブルースも修行継続中です。

  その代わりといっては何ですが、たまにはPopsでもやってみようと、サザンの「TSUNAMI」「真夏の果実」、スガシカオの「夜空ノムコウ」、プリプリの「M」、アンジェラ・アキの「手紙」、スピッツの「チェリー」などなどのソロ演奏を楽しんでいます。そして、最近最も好んで弾いているのが、エリック・クラプトンの「Tears in Heaven」です。

  さらには、ハワイアンの合奏にも手を出している始末ですが、こちらは右手のストローク練習に主眼を置いています。ウクレレのストロークはギターと異なり、手首から先のかなり早い動きになるので、相当な修行が必要かと思われます。

  ウクレレ修行を続けていて再認識したポイントは、右手も左手も「脱力」が重要であるということ。 ピアノやギターと同じですね!

  アルマジロの更なるウクレレ修行は続きます・・・!

  P.S.

  夏休み中ウクレレには触れなかったので、約1週間のブランク。どうなることかと思いきや、左手の筋肉の張りがなくなって動きがスムーズに。もっとも、筋肉の張りはすぐに戻ってくるのでしょうけれど。楽器の鍛錬はどこか筋トレに似ているのですよね(笑)
by hayakawa-houmu | 2010-08-15 17:25 | 趣味のこと
「まずは基本から!」
  何を今更・・・ではあるが、何事を学ぶのもまずは基本からじっくりと攻めなければならない。

  野球をやるなら、まずはキャッチボール。相手の胸めがけて百発百中投げられなければ、内野であれ外野であれ華麗な守備など望むべくもない。バッティングならトス・バッティング。ピッチングならまずは直球の回転を磨くことだろう。

  スカッシュをするなら、ストレート・クロスを狙ったコース・長さでどんな体勢からでも安定して打てることが基本。ドッロプだロブだボーストだなんて、その後だ。

  ピアノやウクレレをやるなら、まずはどんなスケールでも安定して弾けることが基本。

  どれを取っても、これらの基本が大切であることには異論もなかろう。だが、残念ながら、これらの基本を習得するための努力は(余程のオタクでもない限り)刺激に乏しく退屈であり飽きやすいことで共通しているように思う。ただ、そんな基本をある程度習得しない限り、プレーを楽しむことも難しい。

  では、仕事も含めた日常生活における人との関わり合いの基本は何か?

  いろいろあるとは思うが、まずは相手の言うことをよく「聴く」ことではなかろうか。相手が同僚や上司であれ取引先であれ、友人や恋人であれ伴侶であれ、相手の言いたいことをしっかり捉えようと耳を傾けないでいると相当の確率でトラブルに遭遇する。

  「聴く」ということが裁判や仲裁・調停の場で大切であると強調されるところではある。しかし、「聴く」ということは日常生活の基本でもあるのだ。裁判などの特別の場では、裁判官などは当事者の間に入る第三者であって、紛争解決が目的であるが故に、より高い精度の「聴く」技術が期待されているに過ぎない。

  もっとも、「聴く」側の努力だけでなく「話す」側の努力も忘れてはならない。相手のより良い理解を得るためには、たとえば、論理的に説明・説得することも大切な基本なのである。(だから、裁判官に聴いてもらえなかったとぼやくばかりの弁護士などは反省しなければならない。)

  日常生活や仕事を楽しむためには、基本である「聴く」ことや「話す」ことを、刺激に乏しく退屈であり飽きやすいなどと言ってなおざりにばかりはしていられない。たとえば、「・・・と思う」という意見を聴いたら、「どうして?」と理由を尋ねてみよう。意見を伝える時には「・・・だから、・・・と思う」と理由も伝えてみよう。より良いコミュニケーションはそんなところから生まれるのだと思う。
by hayakawa-houmu | 2010-08-06 05:49 | 日々雑感
「夏休み」
  誠に勝手ながら、来週9日より事務所夏期休暇のため、当ブログもお休みとさせて頂きます。

  尚、当事務所へのご相談は電話へのアクセスが可能な限りお受け致しますので、お気軽にご連絡下さい。
by hayakawa-houmu | 2010-08-06 05:47 | その他


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