迷参謀アルマジロの日々是修行日記
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「普通ということ」
  先日、銀座桜ショップで「普通の住宅、普通の別荘」展なるものが催されるというお知らせを頂いたので、仕事のついでに立ち寄ってみた。

  実はアルマジロ、同名の本の著者で、建築家・家具デザイナーである中村好文さんの大ファンなのだ。

  中村さんの作品との出会いは5年前に高松桜ショップで購入した桐製の小さな楕円テーブルであった。シンプルかつ機能性に優れ、それでいて温かみがあって何処かかわいらしさも漂うこのデザインがひと目で気に入ってしまった。その後、自宅マンションをリフォームする際に施工業者選びに窮していた時、思い切って中村さんの主催するレミングハウスに電話してみた。当初の案内では中村さんは多忙故、まずは電子メールで概略をお教え頂きたいとのことであった。ところが、その日の夕刻には中村さんから直々にお電話を頂戴し、大変恐縮すると同時に感激したことをよく覚えている。

  この本を眺めていると、一軒家を新築する予定のないアルマジロにとってもとても興味深い。中村さんの人柄が非常によく偲ばれるのだ。中村さんの言葉を借りれば、

  ”私が潜在的に目指していたのは、人が目を瞠り、誰もが話題にせずにはいられない「特別なもの」ではなく、気張りもしないし、気取りもしない。背伸びもしないし、萎縮もしない。無理もしないし、無駄もしない。それでいてまっすぐに背筋の通った「普通のもの」でした。” (同書、まえがきより)

  我が家にある中村作品を眺めているとこの潜在的指向に頷かざるを得ない。そして、自分が考える自分自身のあるべき姿と共感していることに気付く。と同時に、「普通」であることの難しさを痛感するが故に、中村作品に対する憧れに変わるのかもしれない。
by hayakawa-houmu | 2010-05-31 05:39 | 日々雑感
「おいしい小夏と遭遇!」
  先日当ブログにて「運良く絶品の小夏に出会えた方は、是非当ブログにご一報下さい!」と書いたのですが、アルマジロは運良く絶品小夏に出会うことができました・・・ということで、ここにご報告致します!

  絶品小夏を提供して頂いたお店は、高知市内にある「堀田商店」。このお店の果物を以前頂いたことがあり、それがとても美味しかったことを思い出して「もしや・・・」と思い、早速電話してみました。このお店のホームページでは、品質により「上撰」「一般」、種別(見た目)で「A」ー「D」、大きさでSMLとあるようです。電話では、贈り物でなければ「特撰」「C」「M」でとても美味しいのがございますとの説明を受けました。「特撰」は「上撰」より上位ランクで、味が濃いとのこと。そこで、お奨めの「特撰」「C」「M」を注文してみた次第です。

  そして、届いた小夏を食べてみると・・・これがなかなかの絶品!多少値段は張りますが年に数度の贅沢ということで、その味を十二分に堪能させて頂きました!

  この小夏がとても美味しかったので、後日トマトも注文。「一口サイズ」よりやや大きめの小振りのトマトなのですが、こちらもお奨めです。以前に試した、全国的にも有名な「徳谷トマト」より美味しかったです。

  以上、ご報告まで。 

  
  P.S.

  秋からの「水晶文旦」にも期待がもてます!
by hayakawa-houmu | 2010-05-30 17:01 | 趣味のこと
「ご批判願います!」
  「批判」するなどいうと何処かおこがましくて、あるいは、相手との関係を壊しそうで、かなり勇気が要ることのように思われがちですよね。でも、「批判的視点」がなければ何事も進歩・改善しないことも、歴史を振り返れば明らかな事実です。「批判」するところに議論が生まれ核心に近づく、といってよいのかもしれません。

  何故、「批判的視点」が進歩や改善に繋がるのでしょうか。人は誰でも自分の考えや価値観に固執しがちのところがあるし、真面目に考えれば考える程、深く考えれば考える程、思考のフィールドが狭くなってバイアスが生じてしまうように思えます。あたかも車のスピードが上がれば上がる程、運転手の視野が狭められるのと同じように。他方、物事は、時には同方向の、時には矛盾した様々な側面をもっているわけですから、より良い選択をするためにはできるだけ広い視野で総合的に考えることが必要になります。そこで、他人の「批判」を受け入れることによりバイアスを取り除いて、より広い視野で物事を考えられる状態に引き戻されることとなり、結果的に進歩や改善に繋がるのだと思います。

  もっとも、それは他人の「批判」を受け入れて初めて可能となることです。ところが困ったことに、私たちの習性は「批判」を攻撃と捉えて防御に走りがちです。そして、頑なに自分の考えを押し通そうとしがちです。地位やプライド、面子、自分は一生懸命考えてきたという自負などなどがそうさせるのでしょう。それでもやっぱり、物事を進歩させたり改善させるためには「批判」を受け入れ自分の考えを練り直すことが必要なのですよね。再考した結果、以前と同様の結論に至ったとしてもです。

  そんなことを考え、こちらから進んで「批判」をお願いしてみたりするのですが、それを受け入れてくれる人はそう多くはいらっしゃいません。ある先輩曰く、「批判は最高のプレゼント」だと。アルマジロもまったく同感です。批判的視点を常に持つと同時に、「批判」することも「批判」を受け入れられることも人間性を量るひとつの度量のように思うのですが、皆さんはどのようにお考えになられますか?

  先日とある研究会終了後、つい批判的視点から話をしていたら、傍にいた関係者に睨まれてしまったアルマジロでした!

  P.S.

  「批判」と同時に建設的なご意見を頂戴できたら、もう言うことはありません! 
by hayakawa-houmu | 2010-05-28 05:48 | 日々雑感
「サッカー・ワールドカップ」
  皆さまお待ちかねのサッカー・ワールドカップがいよいよ近づいてきました!

  もっとも、アルマジロは日本代表の活躍には悲観的です・・・

  日本代表の基本的な戦術はパスを細かく繋ぐこととサイドからの切り崩しのように思えるのですが、これだけでは間違いなく勝てそうもありません。そう感じさせるのは、おそらく、「ゴールに向かってボールを運ぶ」という意図がほとんど見えないからだと思います(それにひきかえ、女子の日本代表にはこの意図がはっきりと見てとれます。だから、強いのでしょう!)。

  細かいパスを回すのもよいのですが、ただ闇雲に回してもゴールに近づくことはできません。ラグビー同様、空いたスペースに先回りして走り込み、早いパスを受けて即座に次の動作に移ることが肝要です。ところが、現在の日本代表の試合においてはほとんど誰も空いたスペースに走り込まないし、パスのスピードも欧米の選手に比較すると明らかに遅いですよね。こんな状態だから、バックパスが多くなるし、下手をするとそのバックパスを奪われカウンター攻撃を受けることにも。

  さらに、サッカーは得点を獲ってなんぼのゲームにも拘らず、シュート数(特にペナルティーエリア外からのミドルシュート)が少ないことが気に掛かります。敵味方の人数が多いゴール前においても、自分で積極的にシュートを打つのでもなく、味方にパスしてばかりの選手も見受けられます。サッカーは狩猟民族のスポーツであって農耕民族の日本人には向かないという意見もあるようですが、この有様にはどこか寂しく感じますよね。

  先日の日韓戦の敗北直後に岡田監督が進退伺いをしたなんて報道がありました。何を今更って感じです。その文化が日本代表が強くならない一因とも思えます。将来のワールドカップでの活躍を目指すなら、優秀な外国人監督に何があっても長期政権を保証し、ユース世代の選手を徹底的に指導させると共に、日本代表の選手はしばらくの間は25歳以下等の若手に制限する必要があると思います。何れにしても、企業経営でもそうですが、変革を起こす必要があるのなら抜本的に変えないとダメですよね。

  アルマジロの今回ワールドカップにおける日本代表の勝敗予想は、客観的に見て、1分2敗か3敗で予選敗退といったところでしょうか。予想が外れてくれると、TV観戦予定のアルマジロとしてはちょっぴりうれしいのですが・・・

  P.S.

  アルマジロとしては、将来の日本代表の中心選手として、香川選手を是非代表に選んで頂きたかったのですが・・・ 体は小柄ですが、20歳と年齢が若いだけでなく、スピリット・テクニック共に素晴らしい選手だと思います(その証拠に、9月には高額契約で海外クラブへの転出することが決まりましたよね)。また、中村(俊)は控えの切り札とした方が良さそうに思うのですけどねえ・・・
by hayakawa-houmu | 2010-05-26 05:46 | 趣味のこと
「想いを込める時間」
  世の中が不景気な時など、やれ「効率が悪い」とか「効率を上げろ」といった指令が社内で飛び交う。たしかに、資本主義的なものの考え方ではより少ない投下資本でより多くのお金を生み出すこと、つまり「高い効率」を求めることは会社経営においては当然である。(ここで資本とは人・もの・金のことだから、不景気でものが売れない時には「人」という投下資本を減らすリストラは会社の立場からいえば至極当たり前のことである。しかし、このことは今回の主題ではない。)

  ところで、資本主義の世の中に長いこと浸っていると、この「効率」という道具を相応しくない場面にまで登場させてしまうようだ。「効率」ということが相応しくない場面とは、人間の感情や想いが支配する領域などである。では、感情や想いが支配する領域とはどのような域か。たとえば、他人に謝る時とかお礼をする時、あるいは恋人に誕生日プレゼントをする時などの場面であろう。そして、遺言を書く時や会社の定款を作る時なども想いが支配するべき領域に含まれるのだろうと思う。

  遺言を書く時には、残された家族が喧嘩しないようにとか、お世話になった人に私が大切にしてきたこの品物をもらってほしいとか、書き手のさまざまな想いを込めることが通常であろう。また、会社を設立するにあたって定款を作成する時には、この会社をどのような会社にしたいのか、どのように育てていきたいのかという想いを込めて内容を決めていくべきだろう。だとすれば、このような場面では「想いを込める時間」を掛けることが必要不可欠なのだということになる。この時間なくしては、遺言の書き手や会社を設立する人の想いは家族や将来の顧客・取引相手などに伝わるはずもないし、期待する結果を得ることも難しいのである。

  このようなことを書くと、書き方が法律で決められていてよくわからないとか時間がないなどと人は言いがちである。しかし、本屋に行って適当なハウツー本を1冊仕入れてくれば、その問題はほとんど解決する。そして、わからない箇所があれば、そこだけ本物の専門家に尋ねてみればよいのだ。この点、遺言であれば家庭裁判所、定款であれば公証役場や地方法務局がお奨め(なんといっても無料だし、電話対応もしてくれます!)。それを、「とてもお忙しいでしょう。私にお任せ下さい」などいった巷の自称専門家のセールス・トークに乗せられてはいけないのだ(すべての自称専門家がそうだというつもりはないが、顧客からすれば危ない専門家にぶちあたる確率の方が圧倒的に高いのが現状である。これ、アルマジロの経験則他による・・・)。

  何れにしても、何か特別な理由でどうしても時間がとれない時などは別としても、「想いを込める時間」は十二分に持つべきだと思います。この時間は決して無駄な時間などではなく、自身の気持ちを整理し他人に伝えるための、とても重要な時間だと考えています。

  そういえば・・・アルマジロが何十年も前に頂いた手編みのセーターやマフラーをいまだに捨てられないのも、編んでくれた人の想い故なのかもしれませんね!?

P.S.

  因みに当事務所では、特別なご事情のない限り、無料相談で要点を掴んで頂き、ご自身でお書きになることをお奨めしております。また、「内容を一緒に考えてもらいたい」というお客様のご依頼がある場合には、「想いを込める時間」をご一緒させて頂くという形でお引き受けしております。
by hayakawa-houmu | 2010-05-24 05:48 | 日々雑感
「道楽者!?」
  4月のある小雨そぼ降る日、大枚叩いて2本目のウクレレを遂に買ってしまいました・・・!

  昨年10月に生まれて初めてのウクレレを買ったというのに、もう2本目。

  決して衝動買いではなく、約2ヶ月程悩んだ末の決断でした・・・そんなアルマジロに呆れる方も多かろうということで、当ブログに一応の言い訳を書いておこうかと思った次第です(笑)

  1本目のウクレレは「Kamaka HF-2」。ハワイ製のコンサート・サイズ(通常のソプラノ・サイズより一回り大きいサイズです。)。このウクレレは、ウクレレとギターのちょうど中間の音色でソロ弾き用にと思い、Low-Gのフロロカーボン弦で張り替えました。その方がソロ弾きの練習曲にも困りませんしね。このウクレレ、ソロ弾き用としては大変気に入っているのですが、ウクレレの、あのノー天気な、カラカラ・コロコロというHigh-Gの音色もずうーっと気になって仕方がなかったのです。

  そこで、その都度弦をいちいち張り替えるのも困難ですので、2本目はカラカラ・コロコロのHigh-Gにしようと。ハワイ・Ceniza社製にかなり心を奪われていたのですが、いろいろと試奏してみた結果、結局はとても優しいカラカラ・コロコロのアメリカ本土はコロラド・スプリングスにあるPalm Tree社製のコンサート・サイズにしました(こちらは月に数本しか製作されておらず、モデル名はないみたいです。)。まだあまり弾き込んでいないので悪戦苦闘の最中ですが、こちらのウクレレをバッキングに使用してみるとかなりイケてます(自画自賛!)。

  サザンオールスターズのアルバムを聴いていると、たまにバックでウクレレが登場しているのにはお気付きでしたか? おそらくムクちゃん(ベースの関口さん)が弾いていると思われるのですが、アルマジロの2本目はそれに似た音です(あちらはおそらくMartin社製)・・・ということで、先日も友達にギターで「真夏の果実」のリードをとらせて、ウクレレでバッキングを入れてみちゃいました。それはもう涙もので、とてもイイ感じでした。いつかどこぞの発表会にでも使ってみようかな!?

  アルマジロにもそんな道楽者の側面があったりします! 笑ってやってくださいませ。

P.S.
  
  因みに、High-GとLow-Gの違いは、通常のウクレレ・チューニングから第4弦を1オクターブ低くするかしないかの違いです。Low-Gにするとギター同様に第1弦から第4弦への順で低い音の設定となり、High-Gよりも音域が広がるのでソロ弾きに適していると言われています。但し、ジェイク・シマブクロは、ウクレレ本来の音を大切にしたいという意図でHigh-G仕様のテナー・サイズを使用しているとのことです!
by hayakawa-houmu | 2010-05-21 14:03 | 趣味のこと
「ディベート」
  皆さん、 「ディベート」って、やったことありますか?

  会社で、友達と、あるいは夫婦でしょっちゅうやっているよ、なんて声が聞こえてきそうです。

  そうです、「ディベート」とは「討論」とか「議論」という意味ですから、しょっちゅうやってますよね。

  ところでこの「ディベート」、競技、つまり、コンペティション、というか、大会まであるということをご存じの方はかなりの通だと思います。アメリカでは大学対抗などの形式でかなりポピュラーにやられていたようです。日本でも松本某氏が中心となって80年代にはかなり評判になっていました。学生だけでなくビジネス・パーソンにもビジネス・スキルのひとつとして推奨されていました。日本語で行うものと英語で行うものがありました。因みに、アルマジロは英語で行うディベートのみ試合経験があります。

  このディベートに関して、アルマジロには忘れられない、にがーい青春の思い出があります。あれは大学1年生の頃、5人制の試合をしていた時のことです。細かな状況を書くのは胸くそ悪いので端的に言うと・・・うぶなアルマジロは相手側の誘導尋問に見事にはめられてしまったのです。そして我がチームは試合に負け、仲間からは責められ・・・

  今から思えば、相手の誘導尋問にはめられたとしても、そのことを逆に利用して相手の論理を反駁することはいくらでもできたはずと思います。しかし、その頃は素直だったというか、幼かったというか、そんなことは思い付きもしませんでした。そんな自分を今では微笑ましくも思いますが、と同時に、若き日の心の傷として残っているのです(笑)

  「ディベート」のひとつの良い点は、討論や議論をゲーム感覚で、後腐れ無く行う感覚が身に付くことだと思います(ディベートの経験の無い相手は必ずしもそうは思わないので要注意ですけど。)。そして、議論における論理にはいわゆる「勝ち筋」というものがあるにせよ、たとえ不利な状況に置かれたとしてもその状況を覆す論理も存在することを知ることになります。どこかラグビーにおける状況打開の基本は飛び道具などではなく地道なタックルにあることと共通するところがあるようにも感じます。

  議論や討論をして負けそうになると「それは屁理屈だ!」とばかり言わないで、状況を打開する論理の道筋を探し出してみて下さい。何処か会社経営に通じるところがあるようにも思います。スポーツで汗をかくのも爽快ですが、おつむで汗をかくのも結構楽しいものですよ!
by hayakawa-houmu | 2010-05-19 05:50 | 日々雑感
「あなたはテクニック派?」
  音楽好きをラベリングすると、どうも「テクニック派」と「ノリ派」に分かれるような感じがする。

  「テクニック派」とは、技術や理論に傾倒する人達のことであり、とにかくテクニックを磨き理論を大切にするタイプ。他方、「ノリ派」は曲のノリとか音楽性を重視して、「ノリ」さえよけりゃ、下手でもいいじゃん」というタイプである。

  アルマジロが高校1年の時には、「キャロルは最高!」(ノリ派)、「キャロルは下手だし、やっぱりダウンタウン・ブギウギ・バンドやな!」(テクニック派)なんていう議論に明け暮れていた。これの外タレ・バージョンは、「エリック・クラプトン」(ノリ派)と「ジェフ・ベック」(テクニック派)の争いである。さてさて、この手の議論の行き先は常に平行線を辿り、結局は「好みの問題」ということで片付けられることになる。因みに、アルマジロは「ノリ派」であって、「キャロル」はたしかに下手くそで真似して弾くのもなかなか難しいのなんのと偉そうにコメントしつつも、やっぱり「キャロルは好き!」などと言ってキャロルのコピーバンドのコンサートにゲスト出演してみたりしたものだ。ダウンタウン・ブギウギ・バンドの方がテクニックは格段に上だし、バンドとしてのまとまりもさすが「プロ」と認めつつ・・・

  そんなことはどうでもよいのだが、今になって思うことは・・・プロの音楽は基本的には他人に聴かせるものである以上、聴き手を惹きつけるノリや音楽性は重要である。 と同時に、その音楽性の基礎にあるべきテクニックや理論も十分に消化されている必要があるということだ。このどちらかが欠けると、プロになることはおぼつかないか、プロの世界では長続きしないかのどちらかである。要は、「テクニック」も、「ノリ」というか「音楽性」も、どちらも重要な要素なのだ。そして、そのどちらかに「好み」という比重をかけるにしても、大切なことは「聴き手」の存在を無視してはならないということだろう。プロは他人に聴いてもらうのが前提だから、そんなこと当たり前だと思うかもしれない。しかし、プロを目指すセミプロ・レベルの楽器弾きには、聴き手をあまり考慮せずテクニックを磨くことだけに専念しているとしか思えないプレイヤーがたくさんいるように思える。だからこそ、いつまで経っても「セミプロ・レベル」なのだ。もちろん、才能とか時代とのマッチングなどという要素も無視できないだろうが・・・

  企業のマーケティング活動にも同じようなことが言えるケースが多い。著名なマーケティング理論やテクニックばかりに傾倒し、顧客の気持ちなど爪の先程考えていない会社とかお店は少なくない。ものやサービスを提供してている以上、顧客あっての企業活動であるにも拘らず・・・

  そんなことがふと頭を過ぎったアルマジロでした。
by hayakawa-houmu | 2010-05-17 05:44 | 日々雑感
「物事の多面性(2)」
  先日の当ブログで「リンゴ」の話を引き合いに出し、ひとつの「リンゴ」でも見る角度によって違った形に見えるのだということ、そして、おそらく人間は物事の限られた部分を捉えてそれがすべてだと思い込みがちなところがあるのだということを書いたら、「だから、ものは考えようということですね!」というお言葉を即座に頂戴致しました。

  アルマジロもその通りだと思います!

  物事の多面性故に、あるひとつのものには良い点・悪い点、好きな点・嫌いな点、美しい点・醜い点等々、実に様々な側面があるのです(ものだけでなく、人間だってそうですよね!)。そして、その内の一部の側面しか見ていないにも拘らず、すべてをわかったような面をして、途方に暮れたり、悲しんだり、喜んだりしているだけなのですよね。だから、少し角度を変えて見てみれば、それと違った側面を発見することができて「なーんだ、これって捨てたものでもないな」、「ものは考えようだ」ということになるのでしょう。

  「ものは考えようだ」ということになれば、辛いことや嫌なことがあってもかなり前向きになれますよね。これって、とても大切なことだと思います。そもそも、0点とか100点なんて出現するのは試験の時だけです。その他のことは大概40点から70点くらいに収斂するのですから、ポジティブに思える点を必ず見出すことができるはずですよね。言い方を換えれば、評価や感じ方なんて常に「相対的」ということです。

  アルマジロが大嫌いなケースは、ある人が物事の一部しか見ないで判断したものを聞いて、自分では確かめもしないで伝聞で他の人に広めてしまうことです。たとえば、「あの人はとんでもない人だ」とか、「あの会社は遅れている」だとか・・・ 伝え聞いた人も確かめもしないで更に広めるなんて連鎖が出来上がってしまえば、どこか間違った方向に誘導されてしまうことは必定なのですよね。でも、これって残念ながらよくありがちなことのようです(冷汗)。論理的に、あるいは、経験的に考えてみれば、「どこかおかしいな」「そんなことないだろ」と疑いを差し挟むこともできると思うのですが、そうしないのです・・・ある意味、情報リテラシーの問題でもあります。

  ところで、この現象、肯定的な内容の情報より否定的なものに多いと感じるのはアルマジロだけでしょうか!? (人間には、否定的な内容を面白がる習性があるのかも・・・)
by hayakawa-houmu | 2010-05-14 05:45 | 日々雑感
「こなつちゃん」
  「こなつちゃん」!

  ・・・といっても某製菓メーカーのキャンディーの名前ではありません。 高知特産の柑橘系果物「小夏」のご紹介です。

  毎年4ー5月、そう、初夏といってもよいこの季節になると高知県内では露地物が地元では結構出回る。だが、東京ではほとんど出回らないし、高級果物店でも見付けることはかなり困難な果物である。露地物の大きさはバラエティーに富むが、アルマジロ的にはピンポン球を一回りか二回り大きくした程度の物がよい。味はといえば、非常に爽やかな柑橘系の味だ。そして、ご推奨の食べ方が少々変わっている。リンゴの皮を剥くようにして外皮を取り除き、白い甘皮を残した状態で切り分けて食す。

  ここまで書いておいて言うのもなんだが・・・この「小夏」、とても美味しい! そして、買うなら絶対に小さいやつだ。その方が味もしまっていて、もう最高である。

  アルマジロがこの果物を知ったのはおよそ5年前、高知県出身のロー・スクール同級生から何かのお礼にと数個頂いた時だ。そのセンセーショナルな美味しさは今でも忘れることができない。その後高知に遊びに行った時や通販でいろいろ試しているのだが、頂戴した「小夏」に匹敵する味のものには未だお目にかかれていない。あれは何処で手に入れたのかと同級生に尋ねてもみたが、「あれは、もう!」と言うだけで、どうもハイソの世界の贈り物だった・・・らしい。

  ・・・ということで、運良く絶品の「小夏」に出会えた方は、是非当ブログにご一報下さい! 

  高知県以外の産地(例えば、愛媛県や愛知県等)によっては「ニューサマーオレンジ」とも呼ばれているようですが、高知の「小夏」とは大きさや味の点でちょっと異なるようです。そういえば、宮崎県産は「日向夏」と呼ばれているみたいです。

P.S.

  高知特産で思い出したので書いておきますが、「水晶文旦」も美味しいですよね。良い「水晶文旦」に出会えたら果汁を搾ってシャンパンで割り(そのまま呑んでももちろん美味しいけれど)、それで生蛎をマリネするとたったそれだけの手間で高級料理店のアペタイザー以上の代物となりますよ。 一度お試しあれ!

  あーあ、また食べ物の話になってしまいました・・・(ため息ひとつ)
by hayakawa-houmu | 2010-05-12 05:55 | 趣味のこと



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