迷参謀アルマジロの日々是修行日記
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「検証すべし!」
  作成した計画を実際に遂行してみた後で、物事が計画通りに進んだか否か、進まなかったとすれば原因は何だったのかなどと検証してみることは非常に大切である。そして、検証結果を基に当初の計画を修正したり、場合によっては計画遂行中止の決断をすることはもっと大切である。お馴染みの「PDSサイクル(Plan-Do-See-Plan・・・)」とは、まさにこのことを言っているのである。

  先日の東日本大震災の時の出来事についても、最近になってマスコミや研究所の行った「検証」が新聞紙上で見られるようになってきた。 たとえば、首都圏での鉄道が夜9時10時まで再開されなかったこと、あるいは、一部の路線では翌日まで復旧しなかったことについてなどである。「震度5強」で半日以上、すべての電車が不通になったことが個人的には不思議に思っていたのだが、ある分析によれば、当日夕刻の某官房長官の一言の影響が大きかったとのことである。

  鉄道にしても原発にしても、非常時の計画に対して実際に何がどのようになったのかの検証をしっかり行って、その分析と共に、当初計画をどのように修正すべきかということを国民に報告するべきだと思う。そして、時を同じくして某大手銀行で生じた、人的ミスによるシステム・トラブルについても同様である。「申し訳ありません」などと謝ってみたり、お偉いさんの首をすげ替えてみたりするいるだけで済む問題ではない。国民の側においても、納得できる報告や解決策が提示されるまで、決して許すべき問題ではない。

  アルマジロ的には、その他にも不思議な出来事が結構ある。 たとえば、義援金はたくさん集まっているようだけれど、どのようにして、いつ頃、誰の手許に届くのだろうとか、救援物資は何故もっと早く必要なものが必要なだけ被災者に届かないのか、この後に及んでも国会議員は何故ひとつになれないのか、政権政党内では何故仲間割れを続けているのか等々、疑問は尽きない。 どの疑問をとってみても、単に国民は政治家に馬鹿にされているだけだとしか言い様がないではないか、とさえ思う。

  この気持ち、一言で表せば「何だかなあ・・・」+溜息、というところか・・・

  そんなことを言っている場合ではないことは重々承知しておりますが・・・

  P.S.

  救援物資のデリバリーについては、宅配業者の協力により、当初よりはだいぶ改善されたようです。 なんでもかんでも自衛隊に頼るのでは、事は進まないのは当たり前ですよね。
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by hayakawa-houmu | 2011-04-27 05:47 | 日々雑感
「プロジェクト・マネージメント(3)」
  「プロジェクト・マネージメント」の観点から、プロジェクトを成功させる秘訣は何なのでしょうか。

  人によって様々な考え方や意見があるかと思いますが、アルマジロ的には・・・

  「当たり前のことを当たり前にやること」  

  つまり、やるべきことは、やるべきタイミングで、使うべきものを使って、やるべき人がやる、ということです。

  これって、簡単そうに見えて、かなりの難問です。だから、敢えてブログに書いてしまうのです。アルマジロはできるのかって? できるはずもありません。まだまだ修行中の身ですから。いや、未来永劫修行は続くのだと思います。

  ただひとつ言えることは、20年以上企業という組織の中で得た様々な経験は大変役に立っています。このことに関しては、「感謝」の一言です。もちろん、楽しい経験、悲しい経験、成功した経験、失敗した経験、平社員での経験、管理職での経験等々、実に様々な経験です。そのような経験が、リーダーとして上手に(!?)プロジェクトを遂行することを助けてくれているように思います。故に、たくさんの耳学問より、ひとつの経験が貴重です。

  「若い頃の苦労は買ってでもしろ」といいますが、まさしくその通りだと思います。おじさん・おばさんのあなたもまだ手遅れではありません! 頑張ってください!
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by hayakawa-houmu | 2011-04-25 04:43 | その他
「蕎麦に銘酒 野饗」
  久しぶりに食べ物のお話・・・

  以前にもご紹介した新進気鋭の蕎麦処、石神井公園「手打そば 菊谷」が故あって巣鴨へ移転することに伴い、その後をこの4月から「蕎麦に銘酒 野饗」が引き継ぐことになった。そこで、「手打そば 菊谷」と比較してみると・・・

  「野饗」のご主人(イケメン中年)は元日本酒ライターというだけあって、メニューに揃える日本酒にはこだわりを感じます。たとえば、「開運」純吟古酒の三尺売り、などなど・・・

  蕎麦はといえば、おそらくまだまだ修行の身なのであろうけれど、その野趣溢れる蕎麦はアルマジロ好み。

  酒肴はといえば、「菊谷」の内容をかなり受け継いでいる。但し、「青森産鴨肉の炙り」など、かつてに比較するとかなり豪快に供されるものもあり、これがなかなか旨い。

  端的に言えば、上述の通り・・・これからの展開が大変楽しみな蕎麦処である!
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by hayakawa-houmu | 2011-04-22 12:42 | 趣味のこと
「プロジェクト・マネージメント(2)」
  大企業であれ、中小企業であれ、ある計画を「プロジェクト」として「マネージ」する利点はどのような点にあるのでしょうか。

  まず、「プロジェクト」として日頃の通常業務から分離することにより、人などの資源をより集中することができ、プロジェクトをより効率的・迅速に遂行することを可能にします。

  次に、複数の部署にまたがる内容のプロジェクトにおいては、部署間。あるいは、社内外のあらゆる物理的・精神的な障壁を取り払い、プロジェクトに必要な人材や知識をスムースに結集させることを可能にします。

  また、多くの場合、経営者からチーム・メンバー1人1人までの距離が大幅に縮まり、上からは管理し易く、下からは経営者の考えをよりよく理解することにつながります。

  さらには、プロジェクト・チームの目標にメンバーを結集することによりチーム・メンバーのやる気や、プロジェクトが成功に至る過程において社員全員のやる気を高揚させることにもつながります。

  以上の他にも様々なメリットもあるし、もちろん、この世の常、人の常、デメリットだってあります。「両刃の剣」というべきケースだってあります。

  ただ、アルマジロ的に観て「プロジェクト」を成功させるために経営者に必要なこととは、(1)経営者自身がプロジェクトを成功させることを切に望んでいること、(2)チームに権限を大幅に委譲する覚悟があること、(3)チーム・メンバーがやる気を起こすなど「ノリ」に常に敏感であること、等々です。


  
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by hayakawa-houmu | 2011-04-20 05:48 | その他
「プロジェクト・マネージメント(1)」
  アルマジロが「プロジェクト・マネージメント」もしていますと自己紹介すると、大概の場合、「プロジェクト・マネージメント」なるものの具体的な内容について尋ねられます。

  そこで、当ブログ上でも概略をご紹介しようと思います。

  まず、「プロジェクト」という言葉はかなり一般的とは思われますが、広辞苑によれば「企画。設計。研究計画。開発事業。」とあります。「マネージメント」は、同じく広辞苑によると、「管理。処理。経営」とあります。つまり、「プロジェクト・マネージメント」とは、「計画や事業の遂行を管理すること」とでも言えるでしょうか。

  より具体的には、たとえば、大企業の場合、他社との競争にうち勝つため、新製品を開発して積極的に売りだそうという「プロジェクト」を立ち上げることがあります。そんな場合、まず、「プロジェクト・マネージャー」というリーダーを決め、チーム・メンバーを決め、プロセスを考え・決定し、一つ一つのプロセスを遂行することによりゴールを目指すことになります。そして、それらのプロセスを遂行していく中で、計画された通りに遂行されているか、計画を修正する必要があるかなどを検証・検討しながらゴールに至らしめることになります。

  このような「プロジェクト・マネージメント」について、大企業においてはそれだけのリソース、つまり、プロジェクトの遂行に必要な人や知識、金などは、既に持ち合わせているのが一般的です。しかしながら、特に中小企業の場合はそうは容易くいきません。そこで、アルマジロにもお声が掛かり、「OOOをしたいので、プロジェクトを立ち上げてくれ!」とのミッションの下、プロジェクト・マネジャーとして、弁護士その他の専門家など、社内外から人と知識を調達し、上記のプロセスを経てゴールを目指すわけです。

  因みに、詳細を語ることは控えますが、今までに取り扱ったプロジェクトとしては、企業買収関連、リスクマネージメント関連、新設会社立ち上げ関連、教育関連等があります。
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by hayakawa-houmu | 2011-04-18 05:41 | その他
「ラベリング」
  アルマジロからすると、人間って、いろいろなレッテルを貼ることが結構好きですよね。

  いわゆる「ラベリング」って奴です。

  まずは、血液型・・・A型の人の性格は几帳面だとか、B型はちゃらんぽらんだとか、AB型は二重人格だとか、O型はおっとりしてるとか・・・言う人に言わせれば、科学的根拠がないから信じるに価しないとか。でも、血液型別の性格って結構当たっているような気もするし、科学的根拠とかいったところで、人類はその根拠を未だ見いだせないだけなのかもしれないし、口角泡を飛ばしてその妥当性を議論するのもナンセンスに思えますよね。

  ところで、世の中で一般的なラベリングのひとつに「文系・理系」というものもありますよね。元来は、文学好きな文系と科学好きな理系という感じだったのかもしれませんが、今では、数学苦手な文系と英語苦手な理系という分類に変化しているように思えます。さらに、試験科目を少なく済ませたい私大系と多くてもおかまいのない国立大系というラベリングとの組み合わせで、文系・理系人間の意味合いも訳の分からないことになっているようです。

  たとえば、一流大学の理系(昔でいえば、旧帝大の国立大学)だからといって数学が必ずしも得意というわけでもなく、文系(同じく旧帝大の国立大学や有名私大)だからといって英語や国語が必ずしも得意というわけでもないのです。かつての部下に一流旧帝大工学部卒がいたのですが、あまりの数学的素養の無さに問うてみたところ、英語が苦手だったので工学部を受験したとのことでした。それを聴いてアルマジロは大いに呆れた次第(そういう輩の当時の同僚も一流旧帝大工学部卒だったけれど、こちらの数学的素養は一流でありました・・・つまりは、一流旧帝大工学部卒といっても、直ちに数学的素養があるというわけではなく、いろいろなのがいるということ!)

  アルマジロの経験則からいえば、文系・理系卒という区別ではなくて、数学が得意か苦手かでラベリングすればよいような気がします。その方が余程有意義であって、明確な区別が付けられると思いますよ。

  P.S.

  「文系・理系アプローチ」なんていう言葉もよく耳にしますが、ほとんど意味がわかりません。文脈にもよるでしょうが、ひょっとして、非論理的・論理的という意味なのでしょうか? 

 
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by hayakawa-houmu | 2011-04-15 05:56 | 日々雑感
「マスターズ」
  今年の「マスターズ」ゴルフ・トーナメント最終日の勝負は見応えがありましたね!

  タイガー・ウッズが伸び悩む中、4打差をつけてスタートしたマキロイが10番ホール以降、大崩れ。結局は、26歳のシャール・シュワーツ(南アフリカ)が優勝しました。

  日本人で決勝に残ったのは19歳コンビ、石川遼選手とアマの松山英樹選手。二人は20位、27位と大健闘でした!石川君の20位は、来年の大会への出場権が得られる16位タイ以内にあと1打及ばないものでした。 アマの松山君に至っては、ベスト・アマ賞を獲得することができ、優勝したシュワーツ選手と一緒に表彰式に出席という、日本人にとっては快挙、あるいは、歴史的出来事というべきことをしでかしました。

  でもね、アルマジロ的には松山君に「喝!」です。何故なら、表彰式のスピーチを、原稿を読みながら、しかも、日本語で。これはないでしょう! 下手でもよいから英語でスピーチしてほしかったですね。原稿見ながら(読みながら、ではなく!)でもよいからね。

  それにしても、ジョージア州にあるオーガスタ・ナショナル・ゴルフ・コースではこの季節、鼻が咲き乱れ、池やバンカーの配置の妙と、とても美しいコースに毎年感動します。もっとも、このコースで競い合う選手達にとっては、とても美しいどころか、とてもとてもタフなコースでしょうけれど。

  来年の大会が今から楽しみです!

  そして、二十歳前後の若者達の活躍がとても楽しみです!
  
  何しろ、遼君の夢は20歳で「マスターズ」制覇だそうですから。

  それは、来年ですよ、来年の大会です!
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by hayakawa-houmu | 2011-04-12 04:46 | 趣味のこと
「多文化交流」
  アルマジロが、最近たまに思うこと・・・その2。

  それは、人それぞれのプライド・レベルで闘ってしまうと、問題は解決しないということ。

  現在進行形のとあるのプロジェクトには外国人がいたり、いろいろなバックグラウンドを持ったメンバーがいたりで、外国人・日本人という区別は無意味・・・むしろ、各々が異なった文化の人間、というか、多文化の社会における問題解決や合意形成が目的であったりする。

  そんな状況の中で、お互いがお互いの文化やプライドを攻撃し出すと、さあー、大変。もう収集がつかなくなって問題の解決どころではない。そんなことはあまり起きないのでは、という方もいらっしゃるかもしれない。しかし、結構頻繁に起こるのですな、これが。

  思うに、日本人の中だっていろいろな文化があると思うのだけど(たとえば、下町文化、セレブ文化、地方文化、職業文化等々)、どうも自分達は単一人種であって単一文化であり、誰もが同じように物事を感じたり考えたりしてると信じ込んでいるらしい・・・というか、そのようにしか見えない。これがアメリカ人やヨーロッパ人だと、隣に住んでいる人は自分とは違うというところから出発するみたい。

  何れにしても、特に日本人が気を付けなければならないのは、

  (1) あなたの隣人はあなたとは違う考え方・感じ方をしているということを認識し受け容れること
  (2) お互いのプライドを攻撃するのではなく、暫しの間、当事者全員のプライドを大切に金庫にでもしまっておくこと
  (3) プライドとは別の次元で、今、解決しなければいけない問題を共通認識すること

  ・・・といったことのようである。この中で、最も難しいのが上記(1)の「違いを受け容れること」。ここを上手くクリアできれば、問題解決にかなり近づくことになるというのが、アルマジロの経験則である。
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by hayakawa-houmu | 2011-04-11 05:43 | 日々雑感
「OO入門」
  「OO入門」と呼ばれる本や講義は、巷では特に珍しくもない。

  どのような内容の本、あるいは、講義かといえば、通常、初心者向けのものである。

  ところが、そのようなものの内容に触れてみて驚くべきは、なんと「初心者」に不親切なものが多いか・・・である。不親切な理由はいろいろある。代表的なパターンとしては、たとえば、「初心者」にとっては多少の例外は捨象して大枠をまず理解させる必要があるのに、専門書の内容よろしく原則と例外をこと細かに説いてみたりする。あるいは、物事の大枠から説明しようとするのはよいが、使用される言葉が専門用語ばかりで、「初心者」には理解不能となるパターン等である。

  さらに、一部の権威主義者にとっては、著名な先生がわざわざ「入門」編をやってくださるのだから、初心者にとってどのように不親切でもお構いなしとする風潮もあるので困りものである。

  法律を例に取ると、誰もが法律家として認める弁護士でさえ、一般市民に取るべき法的手段等を説明するのは難易度がかなり高いのだそうだ。そういうアルマジロも、法科大学院での同様の経験や説明能力向上の目的から、たまには著名大学教授や弁護士が一般市民向けに行う有料講座にも出掛けてみたりもする。しかしながら、少なくとも法学部卒業レベルの素養がないと理解は困難であろうと思われる場合がほとんどである。法科大学院在学中には、たまに出来の悪い同級生(失礼!)に絵などを描きながら説明してみたりもしたが、講義ではまずは全体像とか全体の仕組みを理解するというアプローチが取られていなかった故の補講であった。

  法学部や法科大学院でさえそうなのだから、初心者や一般市民の方々への説明の内容は練りに練られる必要がある。ましてや「権威者」ともなれば、その理解の度合は相当なものなのであろうから、自説に拘泥することなく、初心者にわかりやすい説明を心掛けてほしいものだ。アルマジロも、もちろん、専門家の端くれとして、引き続き努力をいたす所存ではある。

  P.S.

  そういえば、世の困りもののひとつは、専門的知識をひけらかすために(そうとしか思えないのだが・・・)難しい専門用語を並べ立てて話す人が結構いらっしゃる。 このような人に出会った時の対処の仕方は、こちらが理解できるような説明を求めてみてそれに答えるのが困難であるようならば、それ以上尋ねるのは止めて、「この人に尋ねるべきではなかった」と結論付けるのがよさそうだ。
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by hayakawa-houmu | 2011-04-08 04:55 | 日々雑感
「情報の混乱」
  東日本大震災以来、福島第一原発事故に関する様々な情報で、世の中かなり混乱しているのはご承知の通りである。 人間の生命・身体・財産に対する危険度合いに関する情報であることを考えれば、当然の現象であろう。

  もっとも、情報が混乱、錯綜しているなどと言われるのは、今回のような原発事故の場合だけでない。平時であっても、いわゆる「情報化社会」故、情報が混乱、錯綜した状態の中に暮らしているのである。そして、慢性的というべきか否かは別論としても、我々が左様に感じてないだけである。そこで、重要な、あるいは、必要な情報を選び出すためにも、「情報リタラシー」なる読解力、あるいは、選別力が必要であると唱えられているのだ。

  ところで、今回の事故に関する政府やマスコミ等から発表される情報を外野席から見ていると、かなり混乱しているように思える。たとえば、政府見解における歯にものが挟まったような語り口や二重否定を随所に使う語り口が、混乱の一因となっていることは否定できないだろう。

  そして、政府とマスコミの立場の違いも垣間見える。すなわち、政府は法的根拠を持ち出し、その内容を再解釈して危険性を語る。他方、マスコミは情報流通の早さが武器だから、極一部の突出した事例を見つけ出しては、その危険性を語る。どちらも事実としては正しいのだろうが、情報の受け手からすると理解し難いこと、この上もない。

  では、如何に対処するべきか。それには、まず、自分なりの基準を持って、その基準で許容できるもの、できないものを判断することが大切だろう。そして、その基準に基づいてしっかりと定点観測し、その変化に目を配ることであろう。具体的には、ガイガーカウンターで放射線量を自力で観測せよというのではなく、たとえば、毎日定時に政府から発表されている各地の放射線量の推移を判断の基準として観察するということ。そして、突出した内容の情報に接した時には決して踊らされず、冷静沈着にその情報の解釈が報道されるのを待ち、自分なりの基準がなお妥当なのか否か考えてみるべきだと思う。

  こんなことを書くと、「そんなの当たり前」とか「そんなの簡単」などという声が聞こえてきそうですが、やってみると結構難しいですよね。 特に平時日頃から出来ていない人にとっては難易度がかなり高いと思われます。是非、チャレンジしてみて下さい!
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by hayakawa-houmu | 2011-04-06 05:54 | 日々雑感


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法務参謀アルマジロ日記
by ととろ
早川法務事務所
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