迷参謀アルマジロの日々是修行日記
<   2011年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧
「リスク・コミュニケーション」
  「リスク・コミュニケーション」とは、ここでは、都合の悪い情報をシェアして改善策を話し合える環境のことである。

  昨年も、企業に止まらず国家組織でもスポットライトを浴びた、いわゆる「不祥事」が起きないようにするためには、上記のような環境が必要であると説かれる。アルマジロがいた会社の合併後の実情などを考えればたしかに首肯できる内容ではある。

  そして、一旦不祥事が生じてしまうと、必ずと言っていいほど組織活動の監視人を設置したり、従来の監視を強化するという方策に出る。昨年末に報道された検察庁の対策のひとつにも挙げられていたのは記憶にあたらしい。しかし、この方策、どれだけ有効に機能するであろうか。

  監視が厳しくなればなるほど、組織の構成員もさるもので、都合の悪い情報を巧妙に隠すようになる。このことは歴史を振り返れば明らかである。たとえば、米国や日本における会社法の変遷は、監視システムの強化とそれに対する方策がイタチごっこになっていることを如実に表している。また、アルマジロが所属した合併後の米国企業などは、タンカー座礁による環境破壊故に監視システム強化の極みにあったもいえるが、その弊害や社員のモラルの低さには度々舌を巻いたものである。

  では、どのような策を講じるべきか。

  個々に当てはめるべき具体的な策は組織の性格やサイズなどで異なるであろうが、都合の悪い情報を隠さないでもよい環境やシステムが必要なのだろうと思う。隠したことにより上司から報償を与えられることが許されるような組織などはもってのほかである(当たり前のように聞こえるだろうが、左様な報償は監視が厳しいとされている組織にほど、様々な形で存在するもののようだ・・・)。

  経営者にとって、そんな組織やシステムを作り上げることは非常に難しいということを、まずは念頭におくべきなのだろう。。
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-31 05:40 | 日々雑感
「調停って?(6)」
  前回触れたような調停に必要なスキル、特にファシリテーションや傾聴のスキルをどのように身に付けるかと言えば、基本的には理論書を勉強するだけでは駄目で、実際にやってみることが肝要である。「習うより慣れろ」という諺もあるところである。

  そこで、「ロール・プレイ」という手法が登場する。調停人役と当事者役2人という役割を定めた上で、紛争あるいは当事者の設定が与えられ、模擬調停を実際に行ってみるという作業である。時には、当事者役2人は本物の俳優さんに依頼して、当事者の心情に関するリアリティーを上げてみたりもする。

  この「ロール・プレイ」、アルマジロにとってはいつもとても興味深く感じる。調停人役をやるときはもちろん、当事者役をやるときであっても、あるいは、他人のやっているロール・プレイを観察しているときであっても、単に、「興味深い」というよりも、「対話促進型調停とはなにものか」ということを理解するのに非常に勉強になるのである。

  そうは言いつつ、「ロール・プレイ」が万能な練習方法ではないことも理解すべきであろう。「ロール・プレイ」はあくまで「ロール・プレイ」、どこまでいっても「リアルの調停」とはならないのである。「ロール・プレイ」はあくまで「リアルの調停」遂行のために必要な技術を習熟するためのものであるというその地位を、常に頭の隅においておかなくてはならぬのであろう。

  また、何事でもそうだが、対話促進型調停といっても、そのスタイルはひとつに限られるわけではない。目的が紛争解決にある以上、紛争の種類や性格、調停人の個性、当事者の人となり等によって、核心へのアプローチの仕方はいろいろあって然るべきであろう。もちろん、そのことを自身の未熟さの隠れ蓑にしてはならないけれど・・・

  アルマジロの調停修行はまだまだ続く!
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-28 05:43 | 予防・戦略法務のこと
「つぶやき(2)」
  窮地に追い込まれた時、状況を打開するためにはどのように考えるべきか。

  それは、やはり、窮地に立たされた状況を楽しむべきなのだ。

  そのような状況に陥ったことを悩んでも、悲しんでも、途方に暮れても仕方がないのだ。あたかもTVゲームや麻雀でもするように、置かれた状況をよく見回して冷静な頭で考えてみよう。たとえば、何故このような状況に陥ったのか、如何にして打開するか。真剣に考えるからこそ、楽しめるというものだ。

  そして、真剣に楽しむことができたなら、窮地から抜け出すことはかなりの確率で可能となるだろう。仮に窮地から抜け出すには一層の時間が必要だとしても、そこには必ず進歩・進化があるはずだ。

  暮れから正月にかけての様々なスポーツを観ていて感じたことは、「窮地を楽しむ」ことのできるチームはやはり強いし、負けたとしてもそのDNAは次世代のチームに受け継がれ雪辱を果たすことに繋がるのだろう。

  ラグビーでいうならば、ディフェンスの足がゴールラインに掛かったら、そこからが精一杯楽しむべき舞台なのである。

  今年もノー天気なアルマジロ!?
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-26 05:42 | 日々雑感
「調停って?(5)」
  今回は、「調停」に必要なスキルのお話。

  まず、「対話促進型」調停の目的を考えてみる。それは、紛争当事者の話を相手方当事者の共に聴いて、当事者の本音や感情を引き出し、整理し、そして、問題の解決へと方向付けることである。

  だとすれば、調停人に必要なスキルは、まずは話合いを「方向付ける」ことから、「ファシリテーション」能力ということになる。そして、単なる「ファシリテーション」ではなく、「当事者の本音や感情を引き出し、整理」するのであるから、むしろカウンセリングの重要な技法でもある「傾聴」のスキルも重要となる。さらには、公平・公正・妥当な、あるいは、よりよい問題解決を目指すとすれば、当該紛争領域に関わる専門知識や法的知識なども必要となろう。(他にも必要なスキルはあると思いますが、とりあえず代表的なものを挙げてみた。また、最終的には全人格的な人間力も必要とされるのでしょうが、少々次元が異なるのでここでは割愛させて頂きます。)

  ところで、「ファシリテーション」能力、「傾聴」のスキル、専門知識や法的知識などといったものは、別に「調停人」をせずとも、一般のビジネス・パーソンに必要な「ビジネス・スキル」として、企業内研修や自己啓発研修等で長年取り上げられてきたものであって、特に珍しいスキルではない。あるいは、夫婦間や家族間などでも、これらのスキルを日頃から上手に使うことを怠ると「紛争」(!?)状態に至たることもご自身の経験から想像するに難くないと思われる。

  また、これらのスキルは2当事者間の問題解決に有用であるのみならず、多数当事者間の合意形成の技術としても応用が効くため、活用の範囲は広い。

  そんなこともあって、「調停人」になるか否かは別としても、世の中の「調停人」トレーニングなるものを受講してみることは大変有意義なことだと、トレーニングを生業にするでもないアルマジロは宣伝しているのである。

  ところが、トレーニングを受けて「なーんだ」と高を括り、この世界から去っていくといった輩が多いのは世の常である。そして、そのような輩に限ってこのスキルが大いに欠けており、どのような仕事の場面でも成長が見えない寂しい結末に至っているような気もする。おそらく、トレーニングの内容か、あるいは、自己の能力を大きく誤解してのことだとは思うが・・・

  ビジネス・スキルであれラグビー・スキルであれ、スキルなどというものは理論と実践をバランスよく経験していかなければ身に付かない道具である(生まれ持った人は別として・・・!?)。 したがって、その人なりに、それ相当の努力と習得するまでの時間を覚悟しなければならないことになる。 いわゆる「投資効率」などという考え方は馴染まない世界なのである。
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-24 05:41 | 予防・戦略法務のこと
「作家の文章」
  「作家」は「物書き」とも呼ばれるくらいで、何かを題材として文章を書くのが職業。

  よって、「作文」は上手で当たり前・・・もちろん、読み手の好みもあるけれど・・・

  実は、以前にもご紹介した「シェ露堂」の作家による体験記が、昨日発売の雑誌「嗜み」(文藝春秋)に掲載された。「シェ露堂」のママより発売日を教えて頂いていたので、もちろん、発売日に手にはいるように手配した。

  5ページにわたる体験記を読んでみる。料理のことやシェフのことなど、なんと自然体で描写していることか・・・川の水が流れるが如し・・・アルマジロはこういう風には書けないな、余計な強調とかしてしまいそうだ・・・

  書いてくださった作家は「諸田玲子」さん。彼女が「シェ露堂」を訪れた直後にお邪魔した際にシェフの感想を聞いてみたところ、「すごく良い雰囲気での取材だったよ。」「諸田さんは、アルマジロよりだいぶ若そうで、素敵な人やった。」との感想。掲載された写真から、その取材の雰囲気はよくわかる。が、しかーし・・・諸田さんとは大学の同窓ではありますが、彼女はアルマジロより、大学時代にキャンパスではすれ違わない程度に年上のようです!(彼女を写真で見てみると、シェフの感覚もわからないではないが・・・)

  以前にも書いたが、アルマジロ的には、「シェ露堂」は人生で少なくとも一度は行ってみるべきお店。どのような感想を持つかは人それぞれだが、シェフの料理に対する、あのインスピレーションには恐れ入る。料理とはそういうものかもしれないが、いわゆる天才肌という奴なのでしょうね。今回の取材に登場する料理は、そのほんの一部です、アルマジロの限られた経験から言っても・・・

  先日もシェフよりお電話を頂いて、来月早々にお邪魔することに。今回の勝負はどのようなものになるのか、今から楽しみでなりませぬ。(料理の中味については伏せておくことにしています。何故なら、並みの想像力では想像できないので、誤解を避けるため。)

  このお店・料理にご興味のある方は、 「嗜み」(9号)をご覧下さい!
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-22 17:46 | 日々雑感
「つぶやき(1)」
  今春からの新シリーズ(!?)・・・アルマジロの「つぶやき」・・・ブツブツ・・・

  米国の略奪型資本主義の正体は「効率」にあり! つまり、機械的に効率よくお金を儲けることにより、一握りの金持ちとその他多くの貧困層(かつてのような中流層は不存在!)を作り出すシステムなのだ。このことは、米国社会を見てみれば明らかであるのみならず、日本社会で生じている様々な変化も同じ方向を向いている。

  ところで、「無駄」という「余裕」や「あそび」があってこそ人間らしい生活が送れると提唱されていた時代から約20年が経つが、略奪型資本主義jはこの10年でそのような考えを吹き飛ばしてしまったことになる。

  木造建築を観察してみればおわかりのように、木の板と板の間には必ず「あそび」がある。この「あそび」という「余裕」、ある意味「無駄」な空間を用意することで湿気等による木の伸縮に対応しようとする先人の知恵である。この「あそび」があってこそ「完璧」に近づくという発想である。

  残念ながら、今の日本社会は「あそび」を随所に有効活用した木造建築の如くなどではない。季節による湿度の変化でさえ傾いてしまう「あそび」のない木造建築か、あるいは、鉄筋なしの粗悪コンクリート造りのようなもので、さほど大きな地震でなくとも潰れてしまうように感じるのはアルマジロだけだろうか・・・

  潰れてしまうのは、もちろん、社会であり、経済であり、環境であり、そして、人の心である。

  社会が、政治経済が、人々が、そのことに気付いて方向転換に向かうのはいつの日になるのだろうか・・・ 
  
  自称人間達エリートはともかく、アルマジロを初めとする動物達にとっては気が気ではない毎日を送っている。
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-21 00:10 | 日々雑感
「調停って?(4)」
  ところで、アルマジロが何故「調停」の世界に足を踏み入れたのか。

  それには理由がふたつある。

  まずは、紛争解決における「司法」に対する不信である。過去にも何度が触れているのでの詳しくは語らないが、この不信があるからこそ「予防・戦略法務」の出番となった。要するに、裁判所のお世話にならないように、個人も法人も法律やリスク管理等を十二分に活用して物事を進めておこうということである。極めて単純且つ明確!

  しかし、悲しいかな、紛争に巻き込まれることを100%回避することは不可能であるのが世の常である。では、万が一紛争に巻き込まれてしまったときでも、裁判所以外の場所で紛争を解決することはできないのか。たとえば、裁判所を使うのに比較して、より短期間に、より低廉に、よりよい解決策を求めることはできないのだろうか。そこで、「裁判外紛争解決手続」(ADR)の登場である。

  こんな考え方から「調停」を初めとする「ADR」に興味を持ち、「予防・戦略法務」の一環として、この道に足をどっぷりと浸けることになったのである。

  もうひとつの理由は、「ADRセンター東京」に出会ったことである。この組織、とりあえずはビジネスになるわけでもないのに(将来米国同様にならないとも限らないが・・・10年スパンの近未来では否定的!?)、その運営者の皆さんは真摯な姿勢で、自己犠牲を払いながらも、この制度の普及に尽力されていることが見てとれた。

  もちろん、そのような努力とて他の組織の努力とは相対的な関係にあるに過ぎない。しかし、そうであっても、アルマジロはこの組織に、兎に角感心したのである。結果として、アルマジロの足はここまでどっぷりと浸かってしまった。

  「縁」とは、本当におかしなものである。
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-19 05:50 | 予防・戦略法務のこと
「調停って?(3)」
  前回は、「調停」には代表的なタイプが3つあることについてお話しました。

  そして、この「調停」に関するタイプも世間(もちろん、法律学を取り巻く「世間」です。そのうちに「折衷型」なんてものも登場するかも・・・)の例外ではなく、巷では「評価型」「妥協要請型」「対話促進型」の優劣を付けたがる方達がいらっしゃるようです。

  この点、アルマジロ的には、学問上の議論はいざ知らず、具体的問題解決のための議論としてはあまり意味がないと思っています。何故なら、どのようなタイプであれ相対的なのであって、良い点・悪い点を各々が持っているわけです。しかも、現実の紛争は実に様々、当事者の性格も価値観も様々なわけです。だとするならば、あるタイプが個別具体的な「ある」紛争の解決に最も適したタイプであるとしても、それをすべてのケースに一般化することは不可能であって、各々の型の資質向上のための議論以外は意味がないと考えるからです。

  したがって、上記のどのタイプを選択するとしても、選択したタイプの限界を知ると共に、個々の事例において当該タイプの最も効果的な使い方を検討することこそが肝要なのだと思います。

  因みに、アルマジロが経営関係の業務の傍ら参加させて頂いているのは、東京都行政書士会・「行政書士ADRセンター東京」という組織であり、「対話促進型」を採用するものです。

(つづく)
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-17 05:40 | 予防・戦略法務のこと
「モラル・ハザード!?」
  先日の「会社という装置の楽しみ方」についての座談会でのお話。

  座談会で話を聴いていると、「会社」という場所は上司にこき使われるだけの辛い我慢を要する場所だという意見がどうやら世の中では支配的らしい・・・

  アルマジロ的に、「会社は楽しい場所であった」と発言してみても、「それは上司や同僚に恵まれたからだ」とか「それは例外的によい会社だったからだ」などと反論される始末・・・

  たしかに、上司や同僚には大概恵まれていたようにも思うし(もちろん、反面教師も含めての話!)、会社自体も20世紀においては様々な意味で極めてよい会社であったと思う。しかし、当時の同じ職場の同僚や同じ会社の仲間の多くが「会社は楽しい場所だ」などと思っていなかったことも事実であろう。

  要は、「会社は楽しい場所だ」とか「仕事は楽しい」と感じることができるのは気持ちの持ち方ひとつなのだ。アルマジロの場合には、たとえば、個人では動かすことのできないような多額の経費を使ってお金を稼ぐというビジネスの様々なプロセスを、言わばバーチャルなネットゲームのような感覚で楽しんでいたのだと思う。

  そして、そのようなアプローチで楽しむに際してのひとつのツボは、会社のお金をあたかも自分のお金のように大切に使うことである。その方が真剣味が増して楽しさも倍増するし、それが会社に対して最小限払うべき礼儀だと考えていた(給料もらっているのだから、当たり前といえば当たり前!)。

  「そんなことは当然だ」と思いたいが、はてさて世の中では決してそうではないらしい。アルマジロがサラリーマン時代にも「そうでない人」が結構(!?)いらっしゃったし、現在でも多くの経営者の方から「そうでない人」が多いというお悩みを耳にする。座談会の方々も然り・・・

  「会社」という場所が上司にこき使われるだけの辛い我慢を要する場所ということに原因があって、その憂さ晴らしに少しでも自分が得をするように会社のお金を使ってしまえとか、会社のお金の使い方に興味なんかないやということになってしまうのだろうか。

  「モラル・ハザード」とも呼べる状態とも思えるが、社員ひとりひとりが発想の転換を試みてほしいと思う。 が、しかーし・・・誰だってチャレンジングで楽しい職場の方がよいはず・・・と、会社側が定型的に考えるのはどうも間違いらしい・・・そのことについては、かつての会社で実証済み・・・となると、結論としては本人次第ということで、異なった角度からのアプローチを試してみる必要がある。その結果については、今後の実験結果をこうご期待!

  P.S.

  お金の使い方でもうひとつ気になるのが、政治家の国家予算の使い方です。客観的に見る限り、今も昔も、いわゆる血税を自分のお金のように大切に使っているようには見えないのですが、そう思うのはアルマジロだけでしょうか。
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-14 05:55
「正月ラグビー(3)」
  先週末には高校ラグビーの決勝戦と大学選手権の決勝戦!

  高校ラグビーの決勝戦は「東福岡vs.桐蔭学園」。昨年の決勝と同じカードでしたが、試合内容は全く異なったものになりました。前半から後半初めまでは桐蔭学園が主導権を握り、東福岡に21点差をつけました。高校ラグビーの試合時間は30分ハーフと短いため(大学・一般は40分)、3トライ・3ゴール差である21点差を残された時間で追いつくのは至難の業です。それでもその難業をやってしまうところが、東福岡の強さなのでしょう。終了直前に追いつき、31-31の引き分けで両校優勝となりました。両校の戦いはレベルも高く、両校共にあっぱれです!

  大学選手権の決勝は「帝京大学vs.早稲田大学」。予想通り、両校共、対抗戦時のチームからは数段進化した別チームの対戦でした。勝敗を分けたのは、セット・スクラムで帝京大学が圧倒的優位に立ったことでしょう。スクラムであれだけ劣勢に立たされてしまうと、バックスの驚異的展開力を持った早稲田大学とはいえ、勝つことは難しかったと思います。それでも、トライ数では帝京大学を上回っていたのですから(2:1)、今年の早稲田大学は強かったといえます。早稲田大学の若きフォワード第1列3人の今後の精進が期待されるところです。そして、帝京大学はあっぱれな戦いでした!

  高校・大学と終わり、残るはトップ・リーグのプレーオフと日本選手権。ラグビー好きにはまだまだたまらない季節が続きます!
[PR]
by hayakawa-houmu | 2011-01-12 05:50 | 趣味のこと



法務参謀アルマジロ日記
by ととろ
早川法務事務所
ビジネス・スキルの向上には・・・ビジネスコーチ遠藤嗣一郎のWeb